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天皇主権説(国家法人説) ~万人の万人による闘争状態~

2025/9/1

要旨:主権とは、他国との関係性の中で形成された「相対化された絶対」である。単一主体による主権(国民主権など)は成立せず、複数の主体が相互に作用して初めて確立される。日本では、天皇という中立的存在を欠けば対立が激化し、「万人の万人に対する闘争」状態を避けるために天皇を担保として国家に信託し、これにより個人の権利が保護されてきた。

はじめに
主権という概念は、単に国内的な統治権限を指すものではありません。その成立には、他国との関係という「外部性」が本質的に関与しています。つまり、主権とは、他の主権国家の存在を前提として生まれた「他者との関係性の中で構築された自己」だと言えます。歴史的に見ても、国家が「主権国家」として自己を確立したのは、他国と対等な立場に立ち、内政干渉を排除し、自国の独立性・排他性・絶対性を主張する必要に迫られたときでした。17世紀の三十年戦争によるウェストファリア条約以降、こうした「他国との対立的・均衡的関係」を通じて、主権の三原則(独立性・排他性・絶対性)は国際法上明確化され、主権という概念が確立されたのです。
つまり主権とは、そもそも「他者との関係性の中で構築された自己」であり、独立・排他・絶対といった属性は、その関係性の中でしか意味を持たない相対的なものです。ウエストファリア体制は、主権国家が互いに相手の内政に干渉しないこと(排他性)、互いに従属しないこと(独立性)、そして国内においては唯一の正当な権力としてふるまうこと(絶対性)を前提としています。しかしこれらの性質は、他の国家(他者)が存在し、それと区別される関係の中でしか成立しません。
したがって、主権とは、他者との関係性においてのみ成立し得る「絶対性」であり、その絶対性は独立・排他・優越といった属性を備えながらも、実際にはその関係性に依存する限りにおいて成り立つものである。言い換えれば、主権の本質は「相対的な絶対性」にある。

第1 三位一体主権説
主権とは、「支配を正当化する根拠」であると同時に、「支配の限界を画定する社会契約」である。その担い手は自然人たる国民ではなく、国民の意思形成過程を通じて形成される主権者の意思である。この意思は、国家という空間の中で法によって具体化され、統治権力を通じて行使される。そしてその行使は、人権や宗教、あるいは象徴たる天皇といった絶対中立的装置によって制限規範を受け、秩序として決定される。
主権とは、国民の意思によって発動され、国家によって制度化され、天皇・(イスラムでは)宗教・(欧米では)人権などのその国の絶対中立的権威によって担保される三位一体的秩序である。天皇は、国民と国家のいずれにも優越しない。言わば、主権とは、国民(意思形成過程)=国家(権力作用)=天皇(規範的制限)で含有するものであり単独に帰属するものではない。
定義として、第一に、国民とは、各々の個人に独立して主権があるわけではなく、意思形成過程の主体である。
第二に、国家とは空間と制度的装置によって形成される権力実体であり、国民の意思を制度に変換し、法と行政の形で権力を行使する。
第三に、天皇とは、中立的存在として、制度の合意と秩序の担保する役割を果たし、天皇を超える超権力の存在を歴史的に制限していた。
このように、主権とは自然人(人格)に帰属するものではなく、意思形成・権力執行・価値制限の三つを統合して初めて秩序を決定するものである
また、主権とは、単独で成立するものではなく、社会契約の枠組みにおいて、国民・国家・および象徴的存在群(例:天皇、人権、宗教)との擬制的相互作用によって初めて、機能して主権が完成する。

第2 日本国憲法は国民主権説ではない — 他の学説との比較 ―

1 (純粋な)国民主権説の限界
国民主権説とは、主権の帰属主体を国民とし、国民の意思に基づいて政治権力が正当化されるという説。批判として、統治執行は行政機関であり、その意思決定がいつ・誰が、どこで決定するのかは、それ自体は具体的ではない。しかも、個々の国民が条約を締結し統治を直接執行するわけではなく、国民主権説は主権を国民統合された人格に帰属させるもである。また、君主は自然人で有るにも関わらず、主権から排除している。なお、日本国憲法は前文で「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使」として憲法第1条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」として、「主権は国民に存する」と憲法前文に前置きしつつ、その国民統合の象徴を天皇と定義している。これでは、主権=国民統合の人格=天皇という論理が成り立つ。一方で「天皇の地位は国民の総意に基づく」として国民が天皇に優越するかの表現を用いているが、そもそも天皇の定義が「国民統合の象徴」である以上、すでに国民の総意を前提としており、この条文は成立し得ない架空の仮定条件を提示しているに等しいことから、純粋な国民主権説ではない。国民主権説を採る以上、直接民主制こそが理論的理想形である。間接民主制はその技術的限界による代替手段にすぎない。にもかかわらず、憲法41条は「国会を唯一の立法機関」と定め、主権者たる国民が立法に直接関与する道を制度的に閉ざしている。これは、国民主権説を形式的に称揚しつつも、実態としては国家機関が主権の行使を独占する構図であり、主権の実質は「国家」に帰属していると評価せざるを得ない。ただし、国家を主権者としつつも、その上位規範として国民というフィクションを擬制し国家を拘束する点で、国民主権説に寄った国家法人説と位置づけられる。
本来の国民主権説は、直接民主制あるいは実際の権力行使(立法・行政・司法)を、国民が制度的に信託した代表機関が行うという間接統治論を前提とする。ただし、これは国民=国家という一体化が成り立っていることが前提であり、この前提が崩れれば国民主権説の論理は維持できない。ところが、憲法9条では「国権の発動たる戦争」を禁止している。しかし、国民主権説は、国民は絶対であり、あらゆる国民間の行為・権利をのぞいて制限することは許されない、国民=国家 であり、国家は国民の手足にすぎないのならば、国家の行為(戦争)を禁止するのは、すなわち国民自身の意思を制限することになる。しかも、前文や9条の条文を見ても、国家(国権)と国民を峻別した上で、国権による戦争を禁止して国民には禁止していない余地を与えている、国民と国家が一体となったのが国民主権説というならば、国家と国民を峻別した日本国憲法の国民主権説は成立しない。

2 日本型国民主権説が成立する余地がないこと
たしかに、国民が国家に平和主義などの一定の制約を課す場合、それは純粋な国民主権説ではないにしても、「日本型国民主権説」としての独自性を帯びる可能性はある。しかし、日本国憲法はGHQが当時の統治権力者に対し作らせたものであり、国民が国家に自ら制約を主体的に課した実証(ストーリー)がなく、国民が国民投票で日本国憲法を承認した事実もない(ただし、憲法改正で国民投票による改正否決された場合、事実上の承認となり国民主権説は肯定されうる)。つまり、現実には、憲法制定時に国民が直接的に意思決定したわけではなく、制定過程の正統性も議論の余地がある。したがって、「国民自らの上位規範」という前提自体がフィクション(擬制)であり、実際には国家が「国民がそう決めた」と擬制して権力制限をしている構造に近い。
国民主権説の論理では、国民=国家である以上、国家の行為制限は国民の意思制限に直結するはずである。したがって、立憲主義の枠組みでこれを説明するのは、もはや「純粋な国民主権」ではなく、「国家法人説に国民主権のレトリックを混ぜた」形にとどまる。もし国民主権説を真正に適用するなら、国民は主権者であると同時に、国家権力を制限する憲法の拘束を受けるという二重構造が生じる。しかしこの構造は、「国民=国家」の一体論ではなく、「国民⇔国家」という分離構造を前提とするため、国民主権説の本質からは逸脱している。
現行憲法における国民主権は、建前としては「国民の厳粛な信託」によって国家権力が正当化されるとするが、実質的には「国家が国民に信託させた」という逆転構造を持つ。主権は実定法秩序内に構成された法人格としての国家に属し、国民はその統治正当性を装うための象徴的フィクションにすぎない。よって、日本国憲法の主権構造は、国民主権の名を借りた国家主権説、または国家法人説として理解するのが妥当である。
したがって、現行憲法の主権構造は、理論的に整理すれば、国民(意思形成主体)、国家(権力行使主体)、象徴天皇(制限担保主体)という三者の関係性の中で初めて理解できるものであり、この点で三位一体主権説が包括的な説明モデルとして適合する。

3 国家法人説
国家法人説とは、国家が法人格をもつ法的主体であり、君主も国家に含まれる。批判として、法人概念は「法律上のフィクション(擬制)」にすぎず、本来自然人(人間)ではない国家を人格として扱うのは観念的で具体性に欠ける。国家は主権の行使構造として不可欠だが、国家に意思はなく正統性の源泉たりえない。

4 天皇機関説
天皇機関説とは、国家を法人とみなし、その意思を具体的に表現・執行する機関が天皇であるという立場。戦前は公務員試験に出るなど知識人には広く支持されてだが、国家=天皇という天皇主権の位置付けに対し、天皇は国家を構成する一機関としたことで右翼から排撃された。
批判としは、国家法人説のとおりであるが、君臨すれども統治せずの天皇に決定の意思が委ねられた事実がない。

5 議会主権
議会主権(イギリス)とは、「議会が制定する法律は絶対である」という立場である。君主もまた議会の構成メンバーであるため、君主主権とも矛盾はしない。しかし、イギリスは不文憲法であるため、憲法規範の硬性がなく、議会が「憲法の上」に立っている。そのため、議会主権の下では、裁判所が立法を無効にすることができない。また国際法より国内法が優先される問題が常時起きている(例;EU法など)

第3 ホッブズの社会契約説
主権という概念は、16世紀のボダンにより最初に体系化されたが、近代社会においてはホッブズ・ロック・ルソーらの社会契約論を通じてその正当性が理論づけられた。ホッブズは自然状態を「万人の万人に対する闘争」と描き、各人が自己の権利を主権者(リヴァイアサン)に譲渡することで、恒常的平和を実現すると説いた。またカール・シュミットは、民主政治とは本質的に「敵と味方を区別すること」であると主張し、対立を制度の内部に組み込む機能を指摘した。したがって、社会契約から生まれた民主政治は対立を制度化できるが、対立を消滅させることはできないものである。これは、ほぼ単一民族の日本の歴史でさえ、しばしば内部対立の連続として現れる。源平の対立、南北朝対立、戦国期の群雄割拠、関ヶ原の戦い、薩長による戊辰戦争、近現代の与野党対立、しばき隊の選挙妨害に至るまで、未だに我々は争い続けている。ところで、十七条憲法に「和を以て貴しとなす」と戒めを定めているのは、まさにその和が当時から存在していなかった証左に他ならない。だが、我々の歴史には、争いを社会契約によって収束させた例もある。古代、倭国大乱の混乱を収束させるため、人々は中立的な調停者として卑弥呼に信託し、万人の万人に対する闘争状態を回避した。『魏志倭人伝』にも「争いが多いため女性を擁立した」との記述があり、これは武力や実力による支配ではなく、人々にとって中立的な絶対的権威を擁立することによって対立を防いだとする社会の姿勢を示している。
思うに、これらの対立は、現代の視点では理解に苦しむものであるものの、敵と味方を作り出し、無意味な差異に価値を見出し、虚構な集団に所属し、対立と闘争の構図を必要とする、それが人間の本質なのかもしれない。そこで、天皇は歴史的に、おおむね中立的な存在として、人々の合意に基づく「社会契約」の維持を担保してきた。すなわち、天皇のもつ絶対的権威は、国家権力を拘束する「社会契約の担保」として機能し、統治権力に対する制限原理の役割を果たしていたのである。特に注目すべきは、日本においては、封建時代における軍事的独裁や現近代における全体主義的体制が形成された局面においてさえ、天皇を超える絶対的権力者は現れなかったという事実である。天皇という権威が「時代の統治権力者」を超える象徴的存在として、統治権力を抑制しうる責任を持たせていたことを意味する。したがって、天皇は単なる権威の象徴ではなく、日本独自の「制限規範」として、国家支配権力に対する歴史的・制度的な抑制装置の機能を果たしてきたといえる。
よって、三位一体主権説においては、主権は「国民=国家=天皇」の三者によって構成され、それぞれが独立に主権を保有するのではなく、相互に含有・支え合う関係にあるとされる。これは、国民主権説が天皇を主権から完全に排除し、国家法人説が国民の意思形成を軽視するのとは異なり、「秩序の担保・統治権力の制限規範」としての天皇、「空間的行使主体」としての国家、「意思の源泉」としての国民を統合的に理解する試みである。

第4 欧米での三位一体主権説の応用
本稿が提唱する三位一体主権説——すなわち「主権とは国民(意思形成主体)=国家(権力行使主体)=天皇(中立的合意担保主体)という三要素の一致として初めて完全性を有する」という構造——は、欧米諸国には適用不可能である。
しかしながら、欧米においては、宗教や国王に代わり、「人権」が普遍的・中立的・絶対的な権威として位置づけられている。この人権を人格として擬制すれば、合意された制度を保障する担保としての役割を果たすことになる。人権は本質的に「統治の制限原理」にすぎないが、これは天皇制においても同様であり、権力者による絶対的超越を防ぐ機能を有する。その結果として、今日に至るまで天皇を超える独裁者(絶対者)が日本で成立しなかった。欧米においても歴史的には、中立的権威が存在しないわけではなかった。中世から近世にかけてはキリスト教会や国王がその役割を果たし、ウェストファリア体制以降は国家主権の担保装置として機能した。しかし、フランス革命は人民主権論を掲げ、絶対君主制を否定すると同時に「人権宣言」を上位原理として位置づけた。これにより中立的権威は制度的に消滅し、代わって「人権」が普遍的・中立的・絶対的権威とされるに至った。
また、アメリカ合衆国も同様に、建国当初から国王の代わりに憲法と権利章典を「最高法規」として権威化し、それを統治の制限原理として運用している。三権分立の仕組みは権力の均衡装置として機能するが、その背後にあるのは抽象的な「人民の権利」の理念であり、天皇制のような人格的・歴史的権威ではない。
この「人権」という抽象的理念を人格として擬制すれば、制度の担保装置として、そして、制限規範として一定の機能は果たす。こう考えると、欧米では国民=国家=人権(権利章典)とのように統合され相互作用することで三位一体主権は完成する。念のため、国民に絶対性はありえないし、ただの統治機構に過ぎないばかりか国民の介在下にある国家に絶対性はなく、擬制化したとは言え人権そして、主体的意思を持たない天皇に主権はないことはあらゆる説で批判が可能となる。
したがって、主権は、国民(意思形成主体)、国家(権力行使主体)、そして君主や人権などの象徴的権威群(制限・担保主体)の三者が揃って初めて明確化される。その性質は「相対的な絶対」であり、外部との境界を持ちながら内部で唯一の支配正当性を有する。この秩序は、権力分立による抑制と均衡のもとで機能し、社会契約が維持される。
また、イギリスは不文憲法を基盤とし、「議会が制定する法律は絶対である」という議会主権原理を伝統的に採用してきた。この原理の下では、議会が制定した法律を裁判所が無効とすることはできず、国内における最終的立法権は議会に帰属する。しかし、この「絶対性」は無制限ではない。EU加盟に伴い、EU法が国内法に優越するという国際的法秩序が導入され、議会は自らの立法権の一部を拘束された。この段階で、議会主権は外部秩序との関係において相対化され、「相対的な絶対性」として機能するようになった。2016年のBrexit国民投票を経て、イギリスはEUからの離脱を選択した。ここで議会は、EU法の拘束を排し、国内法を再び最上位に位置づける決定を行った。これは、外部秩序との関係を断ち切ることによって「絶対性」を回復させた事例であり、同時にその絶対性が本質的に相対的であったことを示している。すなわち、議会の絶対的権限は、他の主権や国際秩序との境界の中で構築され、その関係性を通じて強化または制限される。この構造は、主権とは単一主体の固定的属性ではなく、複数の主体と外部秩序との相互作用の中で形成される「相対的絶対」であるという理解と整合する。イギリスの議会主権は、その典型例といえる。
つまり、この三位一体主権説の立場で見れば、主権とは単一の主体ではなく、複数の主体群が相互に作用することで確立されるものである。そして「絶対」といっても、それは外部(他主権国家や国際秩序)との関係の中で成立する相対的な絶対性である。この観点からすれば、議会主権を掲げるイギリスにおいても、EU加盟中は外部秩序との関係でその絶対性が制限されていたが、離脱によって国内法を再び最上位とすることが可能になった。したがって、「相対的絶対」という主権理解のもとでは、EU法の拘束を受けない限りにおいて、国内法優位の解釈は十分に成り立つのである。

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著者

野間口 しょう

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