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「微力」は「無力」ではない―能登半島地震の体験談から学んだこと

2026/7/12

大垣市自治会長研修会に参加しました。
講師は、各務原市消防本部で救急救命士として勤務されている大松さんです。大松さんは石川県七尾市のご出身で、令和6年能登半島地震が発生した令和6年1月1日、年末年始の帰省中に被災されました。
今回は、地震発生時に実際に目にした光景や、住民の避難誘導、避難先で起きたさまざまな問題、さらに、その後に災害ボランティアなどで被災地に関わる中で感じたことをお話しいただきました。

帰省してわずか40分後に起きた大地震

大松さんが実家に到着したのは、午後3時30分ごろでした。
久しぶりの帰省で、ご両親と「ご飯にするか、お風呂にするか」といった何げない会話を交わした後、車庫にいる飼い犬のところへ向かったそうです。
その約40分後、午後4時10分、大地震が発生しました。
右足を上げて歩こうとした瞬間、激しい揺れに襲われ、体が宙に浮いたようになって倒れたといいます。周囲の自転車や物が次々と倒れ、立っていることさえできないほどの揺れでした。
大松さんは、とっさに犬のリードをつかみました。そのとき、冷蔵庫の上に置かれていた重い漬物石が、自分の方へ落ちてきたそうです。
「頭に当たれば死ぬかもしれない」
そう思った瞬間、リードを握る力が緩み、逃げようとした犬に引っ張られる形でその場を離れ、間一髪で助かりました。
大松さんは、「あの犬には頭が上がりません」と少しユーモアを交えて話されましたが、まさに九死に一生を得た体験だったのだと思います。

被災直後は、何が起きているのか分からない

特に印象に残ったのは、被災地の中にいる人には、外から入ってくる情報がほとんどないという話でした。
テレビもつかない。スマートフォンの情報も十分に入らない。道路や家屋が壊れていることは目で見て分かっても、地震がどれほど広い範囲で起きているのかは分かりません。
「被害はこの町だけなのか」
「日本全国で起きているのか」
「もしかすると世界中で何か起きているのか」
「助けは来るのだろうか」
そうした考えが、次々と頭の中を巡ったそうです。
私たちは災害が起きると、テレビやインターネットの映像を見ながら被害の全体像を知ることができます。しかし、まさに被災している当事者は、自分の周囲で起きていることしか分かりません。
情報がないこと自体が、大きな恐怖になるのです。

「まさか津波は来ないだろう」

大松さんの実家のある地域は、海のすぐ近くにあります。地震の後、津波警報が発表されました。
しかし、周囲には「まさか本当に津波は来ないだろう」と考える人も少なくなかったそうです。
漁師の多い地域であったため、自分の命より先に、海に置いてある漁船の様子を確認しようとする人もいました。また、高齢者が多く、避難しようと思っても、すぐに行動に移すことが難しい人もいました。
大松さんは消防職員であり、救急救命士でもあります。住民に避難を呼びかけましたが、長く地元を離れていたため、住民の中には大松さんを知らない人もいました。
知らない人から突然「逃げてください」と言われても、簡単には従ってもらえません。
そこで、大松さんは一方的に避難を指示するのではなく、
「今、何が起きていますか」
「どこへ逃げればよいでしょうか」
と、住民に尋ねる形で話しかけました。
すると住民は、「何も知らないのなら教えてあげよう」と、その地域のことを話してくれます。そのうえで、「それでは一緒に逃げましょう」と声をかけることで、避難につなげていったそうです。
ただ正しいことを伝えるだけでは、人は動かないことがあります。
相手との信頼関係をつくり、相手の話を聞き、そのうえで行動を促す。この経験は、災害時だけでなく、普段の地域活動や自治会運営にも通じるものだと感じました。

300人が高台のお寺へ

住民たちは、津波から逃れるため、高台にあるお寺へ避難しました。
そのお寺は市が指定した避難所ではなく、ご住職のご厚意によって住民を受け入れた自主避難所でした。そこに、およそ300人もの人が集まりました。
当然、お寺の建物だけでは全員が入ることはできません。真冬の寒さの中、屋外で過ごさなければならない人もいました。
大松さんは、救急救命士としてお寺の和室を借り、簡易的な救護所を設けました。体調の悪い人や子どもたちの様子を確認し、屋外にいる人にも目を配りました。
しかし、避難所では、さまざまな問題が起こります。
先に避難してストーブの近くにいた人は、後から来た人に場所を取られるのではないかと不安になります。一方で、外にいる人は、「中に入れるのに、なぜ私たちは寒い場所にいなければならないのか」と感じます。
平常時であれば譲り合えることであっても、極度の寒さや不安、疲労の中では、感情的な対立が起きてしまうことがあります。
災害時には、避難所という建物があるだけでは十分ではありません。誰をどの場所に案内するのか、寒さをどうしのぐのか、体調の悪い人をどう支えるのかという運営まで考えておく必要があります。

ペットやトイレの問題

ペットの問題も深刻です。
犬や猫は、多くの飼い主にとって大切な家族です。しかし、お寺の中にはペットを入れることができません。そのため、ペットと一緒に屋外で避難する人もいました。
ペットを自宅に置いて避難した人、逃がさざるを得なかった人、その後どうなったのか分からない人もいたそうです。
ペットを飼っている人に対して、単に「避難してください」と呼びかけるだけでは十分ではありません。ペットと一緒に避難できる場所や、飼育するためのケージ、餌、水などについても、平常時から考えておく必要があります。
また、避難所では、すぐにトイレが使えなくなります。
断水や停電が起きれば、水洗トイレは使用できません。排せつ物をどう処理するのか、誰がトイレを管理するのかという問題が発生します。
研修では、地域の女性たちが手を挙げ、交代でトイレの管理を行ったという話もありました。新聞紙やごみ袋など、そこにあるものを使って対応されたそうです。
食料や飲料水の備蓄は意識されやすい一方、簡易トイレやごみ袋、衛生用品の準備は忘れられがちです。しかし、トイレの問題は、避難生活が始まった直後から発生します。
自治会や家庭の備蓄を考えるうえで、改めて確認すべき重要な課題だと思います。

ブレーカーを落としてから避難する

大松さんは、避難する住民に対して、可能であればブレーカーを落とすよう呼びかけました。
大規模な地震では、停電から復旧した際、倒れた電気ストーブや損傷した配線などから火災が発生する「通電火災」の危険があります。
また、能登の冬は、灯油を使う暖房器具も多くあります。家屋が倒壊し、燃料が漏れれば、大きな火災につながる可能性があります。
実際に能登半島地震では、輪島市で大規模な火災が発生しました。
避難する際にブレーカーを落とすことや、感震ブレーカーを設置しておくことも、命や地域を守るための備えの一つです。
ただし、災害直後は多くの人が冷静に判断できません。パニックになって走り回るというより、何が起きたのか理解できず、ぼう然として動けなくなる人の方が多かったという話も印象に残りました。
「今、何をすべきか」よりも、「これからどうやって生きていけばよいのだろう」と考えてしまう。
それほど、大きな災害は人の心を打ちのめすものなのだと思います。

「微力=無力」ではない

今回のお話の中で、私が特に心に残ったのは、
「微力は、無力ではない」
という言葉です。
大きな災害を前にすると、自分一人にできることなど何もないと思ってしまいます。
消防職員や自衛隊、警察、医療関係者のような専門家でなければ、人を助けることはできないと考えるかもしれません。
しかし、実際の被災地では、専門家だけですべての人を助けることはできません。
避難をためらっている人に声をかける。高齢者の手を引く。寒そうにしている人に毛布を渡す。子どもを見守る。トイレの管理を手伝う。ペットを預かる。避難者の名前を記録する。
一人一人の力は小さくても、それが集まれば、多くの命と生活を支える力になります。
何も特別な資格を持っていなくても、その場でできることは必ずあります。
「微力」と「無力」は同じではありません。
小さな力であっても、誰かにとっては大きな助けになる。そのことを私たちは忘れてはならないと思います。

地域のつながりも大切な防災対策

今回の体験談からは、日頃の地域のつながりの大切さも感じました。
災害時には、見ず知らずの人から突然指示されても、すぐには信頼できないことがあります。一方、普段から顔を知っている自治会長や近所の人からの呼びかけであれば、避難につながる可能性が高くなります。
誰が一人暮らしなのか。どの家に高齢者や障害のある人がいるのか。車椅子を使用している人はいるのか。ペットを飼っている家庭はどこか。
こうした情報を、個人情報に十分配慮しながら地域で把握しておくことは、災害時の大きな力になります。
防災用品を購入することだけが防災ではありません。
日頃からあいさつを交わし、お互いの顔を知り、いざというときに声を掛け合える関係をつくることも、立派な防災対策です。
自治会の役割が改めて問われている今だからこそ、防災という観点から地域のつながりを考えていく必要があると思います。

自分にできることを考える

「備えあれば憂いなし」と言いますが、すべての災害に完璧に備えることはできません。
避難先はどこか。どの道を通るのか。車で避難できるのか。停電したらどうするのか。ペットはどうするのか。最低限、何を持ち出すのか。
家庭によっても、地域によっても、必要な備えは違います。唯一の正解があるわけではありません。
しかし、大松さんの体験談を聞き、あらかじめ考えておくことと、何も考えていないことの差は大きいと感じました。
そして、災害が起きたときには、「自分には何もできない」と思うのではなく、自分にできる小さなことを探すことが大切です。
その小さな行動が、誰かの命を守り、誰かの不安を和らげるかもしれません。
微力は、決して無力ではありません。
今回の研修で学んだことを、自分自身の備えだけでなく、これからの地域防災や自治会活動にも生かしていきたいと思います。

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著者

種田 昌克

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