2026/6/30
私たちの故郷、田川市。かつて炭鉱の灯が日本を支えたこの街には、独自の歴史と文化、そして何より「人の温かさ」という素晴らしい資産があります。しかし、現在の田川市は人口減少、少子高齢化、そして厳しい財政状況という現実の中にあります。街のPRを考えるとき、私は単なる「思い出」や「過去の栄光」を語るだけでは足りないと考えています。
佐々木まことが掲げる街のPR戦略は、歴史という土台の上に「稼ぐ力」と「次世代への投資」を積み上げることです。田川を「支援を受ける街」から「自ら稼ぎ、人を育てる街」へと変えていく。そのための具体的なビジョンと、私が考える田川の真の魅力をお伝えします。
まず、田川の代名詞である「炭鉱の歴史」についてです。これは世界に誇るべき文化遺産です。しかし、ただ保存するだけでは未来は拓けません。私は、田川市石炭・歴史博物館のデジタルミュージアム化やVRシアターの活用を推進してきました。最先端技術を通じて、子どもたちが楽しみながら郷土の誇りを学び、市外・国外の方々が田川の物語を追体験できる。歴史を「過去の遺産」から「現代の観光資源」へと刷新していくことが、街のPRの第一歩です。
次に、田川の「食」と「産業」の力です。田川には、福岡県内でも屈指の農産物があります。全国2位の生産量を誇る福岡のイチゴ「あまおう」、そして川崎町などと連携したリンゴ、ジビエ料理。これらは単なる食べ物ではなく、田川のブランドそのものです。市長自らがトップセールスを行い、大手有名店とコラボレーションした商品開発や、企業版ふるさと納税の誘致を積極的に行います。稼いだ財源を、子育て支援や福祉に集中投下する。この「稼ぐサイクル」こそが、田川の最大のPRポイントになります。
また、田川市には「福岡県立大学」という、知の拠点があります。ここには全国から志の高い若者が集まっています。学生たちが地域と交わり、田川を「第二の故郷」として愛し、そのまま定着できる環境をつくる。学生団体「たがわplanners」のように、高校生や大学生が街づくりに参加する姿は、田川が「若者の挑戦を応援する街」であることを何よりも雄弁に物語っています。教育環境を充実させ、学びの場がそのまま働く場につながる。この活力こそが、外部から見たときの田川の魅力となります。
「人にやさしい田川」の象徴として、私が尽力してきた筑豊緑地のインクルーシブ公園も欠かせません。障がいのある子もない子も、共に笑い、共に遊べる場所。こうした「誰も取り残さない」姿勢が街のインフラに反映されていることは、移住を検討する子育て世代にとって、大きな安心材料となります。福祉や教育、人権を大切にする姿勢は、街のブランドイメージそのものです。
田川のPRにおいて、私は「県政と国政とのパイプ」をフル活用します。田川市単独での発信には限界があります。インバウンド需要を呼び込み、外国人観光客が英彦山や田川の街並みを楽しめる多文化共生の環境を整える。広域的な視点を持つことで、田川のPRは一気に加速します。
街のPRとは、見栄を張ることではありません。今ある課題を直視し、それを乗り越えるための「工程表」を市民の皆さんと共有することです。老朽化した公共施設を、市民が本当に使いたくなる、そして街の価値を高める施設へと刷新していく。駅前を整備し、誰もが「歩きたくなる街」をつくる。そうした地道な実務の積み重ねが、結果として「住みたくなる、訪れたくなる田川」を形づくります。
田川は厳しい状況にありますが、決して変えられない街ではありません。批判や対立ではなく、解決のための協議を。佐々木まことは、現場の声を政策に変え、実行力をもって田川の新しいブランドを創り上げてまいります。過去の誇りを胸に、未来への挑戦を。皆さんと共に、新しい田川の扉を大きく開きましょう。
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ササキ マコト/45歳/男
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