2026/7/10
【誰のため、何のためのDXなのか。道庁の組織のあり方からくる危惧】
今日7月10日も、綱渡りのような1日ではありましたが、主には、北海道のこれからの土地利用のあり方や、自然環境保全、自然再興の実現に向けて、北海道庁のオープンデータやDXの取組について、あらためて調べていました。
道庁では、庁内にどのようなデータがあるのかを調べる「棚卸し」や、民間企業や研究者から必要なデータについて意見を聞く取組、地理空間情報や航空レーザー測量データの公開など、DXやオープンデータに関するさまざまな取組が進められているようです。
こうした動きは大切ですし、評価したいと思います。
一方で、調べれば調べるほど気になったのは、道庁という大きな組織の中で、データ化や資料保存の判断が、現時点でのヒアリングでは、かなり各部任せになっているのではないかということです。
どの資料をデータ化するのか。
どこまで公開するのか。
紙で残っている過去の資料をどうするのか。
将来、政策検証に必要となる記録を、誰が責任を持って残すのか。
もし、これらが各部局の判断や人員、予算、さらには担当者の意識に左右されるのであれば、そこには大きな危うさがあります。
ある部では丁寧に残され、別の部では残らない。
ある資料は検索でき、別の資料は紙のまま埋もれていく。
それでは、北海道全体としての「知の蓄積」にはなりません。先人たちが現場で積み重ねてきた経験や苦労も、行政組織の知恵や文化として継承されなくなってしまいます。
DXは、単なる業務効率化ではないはずです。
行政が持つ情報を、道民の共有財産としてどう残し、どう公開し、どう次の政策に生かすのか。そのためには、各部任せではなく、道庁全体を横断する明確な方針と責任体制が必要だと思います。
ところが、その推進役を経済部が担う現在の組織体制で、本当に十分なのでしょうか。現時点では、私はそこに大きな危うさを感じています。
DXは、経済政策や産業振興だけの問題ではありません。福祉、医療、教育、環境、防災、文化、地域づくり、そして行政そのものの記憶の継承にもかかわる問題です。
そして忘れてはならないのは、「誰のため、何のためのDXなのか」という原点です。
デジタルに詳しい人だけではなく、高齢者や障がいのある方、地域の小さな団体、高校生や若い世代も含め、必要な人が必要な情報にたどり着ける仕組みでなければなりません。
先日、道議会を訪ねてくださったスウェーデンの専門家のお話を伺い、私は、こうした視点が最初からDX政策の中に組み込まれていることを感じました。
むしろ、そのためにこそ、DXがある。
そんな印象でした。
ところが、現在の道政では、こうした問題が、ともすると「福祉の問題」として別の分野に切り分けられてしまうのではないでしょうか。
さらには、先輩たちが現場に足を運び、丹念に記録してきた自然生態系に関わる地図や資料も、データとして残らなければ、やがて政策の視野からも、地域の記憶からも消えてしまいます。
それは、将来世代にとっての価値を、私たち現役世代が奪うことにもなりかねません。
今日は、道庁のDXについて考えながら、実はこれは技術の問題というよりも、組織の責任と、行政のトップリーダーたちの姿勢の問題なのではないかと、あらためて感じました。
オープンデータについての詳しいヒアリングは、道外調査などの関係もあり、来週後半以降になってしまいますが、ぜひ、みなさんのお知恵やご意見もお聞かせいただきたいです。
よろしくお願いいたします。
※写真は、今日の午後3時ごろ道議会食堂で食べたラーメン

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