2025/6/18
こんにちは、足立区で活動する、えらやすひろです。
今回は、足立区の中でも文化・交通・住宅が交差し、歴史的にも重要な「西新井・梅島エリア」についてご紹介します。特にこのエリアは、再開発やエリアデザインが進む一方で、古い歴史と人情味のあるまちの風景も残されています。
私はこの地域を歩く中で、都市と生活、過去と未来が同時に存在するユニークな風土に感動しています。
この記事では、「エリアデザイン」「歴史」「未来」の三つの視点から、西新井・梅島の魅力を深掘りします。
足立区が進めている「エリアデザイン」政策。その中でも西新井・梅島は重要な拠点と位置づけられています。特に、西新井駅西口の再整備や都市計画道路の整備、さらにはUR団地の建て替えに伴う用地再編など、交通・住宅・商業が一体となったまちづくりが進行中です。
エリアデザインとは、街全体の方向性をビジュアルと機能の両面から設計し直すこと。西新井・梅島では、「にぎわい」「安全」「回遊性」「歴史の活用」などがキーワードになっています。
けやき大通りを中心に、歩行者空間の拡張やバリアフリー化が図られており、駅周辺の高齢者や子育て世代にも優しい設計が評価されています。また、防災機能を高める公共広場や、コミュニティスペースの設置も検討されており、“住んで安心・訪れて楽しい”まちの姿が描かれています。
私は、こうした整備が単なる“ハコモノ”に終わるのではなく、地域の文脈を活かしながら展開されている点を特に評価しています。
西新井といえば、まず挙げられるのが「西新井大師(總持寺)」です。
真言宗の名刹で、厄除け大師として関東三大師に数えられています。古くから参詣客で賑わい、駅名にもなっているほど地域の顔として親しまれてきました。
この寺の「西新井」という地名は、弘法大師が病人のために井戸を掘ったという伝承にちなむとされ、“西の井戸”が語源です。つまり、西新井はただの町名ではなく、祈りや信仰、癒しとつながる歴史の地なのです。
一方、梅島エリアの地名の由来は、江戸時代の「梅田村」と「島根村」が合併したことにあります。現在も梅島天満宮など、地域に根づいた神社仏閣があり、年中行事や祭礼を通じて地域住民の心のよりどころとなっています。
また、梅島小学校と西新井小学校の創立記念には、あの勝海舟が扁額を揮毫したとされる史料が残されており、明治維新以降の近代化の流れの中でも重要な場所だったことが伺えます。
現在も、西新井大師通りや梅田通りの商店街には、昭和の面影を残す個人商店や老舗が多く、まち歩きをしながらその風景に癒される方も多いのではないでしょうか。
今、西新井・梅島では「共に育てるまち」がテーマになりつつあります。
これは再開発や区の政策だけでなく、地域住民の思いや行動から始まる動きです。
例えば、町会や商店会が主導する夏祭りや防災訓練。子育て支援NPOによる読み聞かせ会や、学校や福祉施設と連携した地域清掃イベントなど、日常に根差したまちづくりが広がっています。
また、近年では若い世代が地域の魅力を発信するSNSやYouTubeチャンネルも登場。西新井大師の四季を記録した動画や、梅島グルメマップを作成する学生チームなど、多世代が交わる場が生まれています。
私が特に注目しているのは、UR都市機構と連携した「団地の再生事業」。高齢化が進む一方で、空室も目立つ団地を、若年世帯と高齢者が共存できるような新しい住宅モデルに変えていく取り組みです。
この中には、コミュニティカフェや多世代交流スペースなども検討されており、地域に必要な“ひと”と“しくみ”を融合させる構想が進んでいます。
足立区は、23区の中でもとくに“生活密着型”のまちです。
その中でも西新井・梅島は、交通の便・歴史・地域のつながり・暮らしの拠点という4つの力を兼ね備えた、非常に魅力的なエリアだと私は感じています。
政治家として、私は“現場主義”をモットーにまちを歩き、声を聞いてきました。
この地域の未来を語るには、再開発だけでなく、日々の暮らしを支える草の根の活動にも目を向けるべきです。
これからも私は、地域の一員として、西新井・梅島というまちの未来を共につくっていきたいと考えています。
足立の再生は、ここから始まる。
それを実感できるまちが、西新井・梅島です。
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エラ ヤスヒロ/32歳/男
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