2026/7/12
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
経済政策の歴史を振り返る際、一つの大きな節目となったのが2012年末の政権交代と、それに伴う金融政策の劇的な変化です。
今回、当時の日本銀行総裁であった白川方明氏のスライド資料を目にする機会がありました。そこには、現在の私たちが直面している物価高騰や経済状況を考える上で、極めて示唆に富む言葉が並んでいます。
スライドには、白川総裁(当時)による非常に興味深い2つの指摘が記されています。
スライドには「バブル期で景気が最も過熱した1980年代後半でも平均1.3%」という事実が示されています。これは、日本経済が空前の好景気に沸いていた時代であっても、物価そのものは極めて安定していたことを意味します。
このデータは、当時の政治情勢下で強く求められていた「2%の物価目標」に対し、日本の経済実態に即した目標設定なのかという、中央銀行としての慎重な問いかけであったと解釈できます。
もう一つの言葉が、「『物価安定』と考える水準は海外よりも低い」という点です。これは、長年のデフレを経験した日本社会において、人々の物価に対する期待値や社会構造が欧米とは根本的に異なっていることを指摘しています。
スライドの右下に記された「2012年11月20日」という日付は、日本経済の運命が決まった時期とも言えます。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2012年11月15日 | 野田佳彦首相(当時)が衆議院解散を宣言 |
| 2012年11月20日 | 白川総裁が講演。物価目標に対する慎重論を維持 |
| 2012年12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙。自民党が圧勝 |
| 2013年1月 | 政府と日銀による「2%の物価目標」共同声明 |
この講演の直後、日本は「アベノミクス」という未知の領域へと足を踏み入れることになります。白川総裁が守ろうとした「中央銀行の規律」と、政治が求めた「大胆な緩和」が激しく衝突していた瞬間が、このスライドには凝縮されているのです。
過去のデータや発言をファクトチェックし、歴史的文脈で捉え直すことは、現在の政策判断を誤らないために不可欠です。
私たちが今感じている「物価」のあり方は、果たして健全なものなのか。当時の議論を教訓に、地に足の着いた経済政策を追求していかなければなりません。
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
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