2026/5/10
過日のウズベキスタン訪問は、実質四日間という短い日程でしたが、名古屋市とパートナー都市協定を結ぶ首都・タシュケント市を訪問することができました。現地では、市長をはじめ関係者の皆さまと交流する機会をいただき、両市の友好関係の深まりを実感しました。
一方で、タシュケントには、日本人にとって忘れてはならない歴史も刻まれています。第二次大戦後、多くの日本人が捕虜としてこの地に送られ労役に従事しました。数百人に及ぶ方々が厳しい環境の中での日々を過ごすなか、日本人の勤勉で丁寧な仕事ぶりは次第に現地の人々の信頼を得ていきました。今も同国を代表するアリシェル・ナヴォイ劇場の壁面には、その建設に貢献した日本人への称賛の言葉が日本語にも訳され刻まれています。
しかし、その陰で、帰国を果たせぬまま命を落とされた方々もおられました。私は慰霊の思いを胸に日本人墓地を訪れましたが、現地の方々によって花がしつらえられた「永遠の平和と友好 不戦の誓いの碑」とともに、長い歳月を経た今もなお、隅々まで掃き清められ、静かに手厚く守られていることに深い感銘を受けました。
実は、タシュケントでの労役を経て帰国し、その後、名古屋市に奉職された方もおられます。私の父は、その方から自叙伝『タシケントの河』を恵贈いただいており、その一冊は今も私の書棚にあります。1978(昭和53)年に出版されたものですが、私が伺った限り、現在の名古屋市役所でその存在を知る人はいませんでした。
時の流れの中に埋もれつつある、タシュケントと名古屋の知られざるつながり。今回の訪問を通じ、その歴史に改めて思いを致しました。過去に学び、人と人との真心に感謝しながら、未来に向けた友好関係の深化に少しでも裨益していけたらと思っています。
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ハットリ マサヤ/57歳/男
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