2026/5/8
第59回アジア開発銀行(ADB)年次総会が、ウズベキスタン・サマルカンドで開催されました。5日に現地入りした私はその様子を視察し、市長らとともに次回開催国イベントに出席してまいりました。古都としての落ち着きと国際会議の熱気が交錯する現場に身を置き、アジア・太平洋地域の持続的発展に向けた議論の重みと広がりをあらためて実感した次第です。
そして来年、いよいよ第60回年次総会が名古屋で開催されます。日本ではADB設立以来、10年ごとの節目に開催されてきましたが、名古屋での開催は初めてとなります。この開催は、大規模な経済波及効果にとどまるものではありません。国際的な知名度や都市ブランド力の向上はもちろん、会議参加者と当地域の人々との交流を通じて、アジア各国と当地域との経済的・人的な結びつきをより深める好機にもなるでしょう。今回の視察を通じ、その意義を一層強く認識しました。
アジア開発銀行は、1966年に東京で開かれた設立総会を出発点として、アジア・太平洋地域の経済成長や経済協力の促進、そして開発途上国の発展支援を目的に活動を続けてきました。現在では、同地域を中心に69の国と地域が加盟する国際機関へと発展しています。
名古屋では、1991(平成3)年に米州開発銀行(IDB)年次総会が日本で初めて開催されています。私が名古屋観光コンベンションビューローに入ったのはその翌年で、まだ開催の熱気冷めやらぬころでした。当時、携わった方々から臨場感あふれる話を伺い、国際会議開催の意義や高揚感を肌で感じたことを今でもよく覚えています。名古屋はその後も生物多様性条約締約国会議(COP10)やESD・ユネスコ世界会議などの誘致にも成功し、国際会議都市としての実績を有しています。しかしその一方で、その開催効果や意義を“都市の財産”として継承し広く発信していく力は、これまで十分ではなかったのかもしれません。
今年は、アジア・アジアパラ競技大会の開催も予定されています。過去の経験を活かしながら、国際会議や国際大会を一過性のイベントで終わらせることなく、次代につながるレガシーとして地域に根づかせていく――。その視点が、今あらためて求められているように感じます。
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ハットリ マサヤ/57歳/男
ホーム>政党・政治家>はっとり 将也 (ハットリ マサヤ)>手渡されたバトン~アジアとつながる「名古屋の挑戦」