2026/5/2
5月に入りました。昨日は各地でメイストームが吹き荒れました。外出の際は気象情報等に十分ご注意ください。
またこの季節は、変化に伴うストレスや不安など、どこかネガティブな印象で語られることの少なくない時期でもあります。何かと気が“滅入り”がちなこの季節に、「メイ」という響きにあやかって、あえて子ども時代の軽やかな思い出を一つ。
それが5月のことだったのかどうか、今となっては確かめようがありませんが、小学5年生のころの出来事です。家庭科の授業で、先生から「銘々皿を持ってくるように」と言われました。当時の私は銘々皿が何か分からず、帰宅して母に尋ねると、「これだよ」と手渡されたのは木製の茶托でした。どこかしっくりこない思いはありましたが、深く考えず、その日それを持って登校しました。
結果として先生に咎められることはなかったものの、周りを見て自分の間違いに気づき、少しばかり恥ずかしい思いをすることになりました。
帰宅後、「違うがね!」と母に抗議すると、「そうそう、あれは茶托。銘々皿じゃにゃあよ」と、あっさり認めるではありませんか。驚く私に母は、「大事な銘々皿を持たせて、割られでもしたら困るでね」と、その理由をあっけらかんと明かしました。わが家の銘々皿が母のお気に入りだったことは後になって知りましたが、それにしても、いわば確信犯です。もっとも、そのおかげか、「銘々皿」という言葉は、今もはっきりと記憶に刻まれています。印象深い出来事は、記憶と強く結びつくものです。あのときの小さな戸惑いと恥ずかしさも、今となってはどこか可笑しく、同時に、学ぶということの原点のようにも感じられます。
“まとも”な出来事だけでは残らない記憶があり、少しの違和感や失敗が、かえってその輪郭をくっきりとさせてくれることもあります。議員としての活動においても、うまくいくことばかりではありませんが、不手際が大きな失敗につながらないよう、日々の経験を大切にし、忘れないよう心がけています。
新しい環境に揺れる5月だからこそ、一つひとつの小さな経験をあえて前向きに味わいながら、銘々、時に肩の力を抜いて過ごしていきたいものですね。
この記事をシェアする
ハットリ マサヤ/57歳/男
ホーム>政党・政治家>はっとり 将也 (ハットリ マサヤ)>あの日、私が持っていったもの