2026/6/25
🚉旭川駅が今の場所になった理由と「北彩都」って何?
今の旭川駅は、ガラス張りで開放感があり、とてもきれいな駅ですよね😊
でも実は、昔から今の場所にあったわけではありません。
2010年(平成22年)に新しい駅が完成した際、駅はそれまでの場所から約70メートル南側へ移動しました。
「なぜわざわざ駅を動かしたの?」
と思う方もいるかもしれません。
理由の一つは、線路によって街が東西に分断されていたからです。
昔は踏切が多く、電車が通るたびに車や人の流れが止まり、渋滞が起きることもありました。
そこで旭川市とJR北海道は、線路を高架化して踏切をなくし、人や車がスムーズに行き来できる街を目指しました。
そのために、新しい駅を少し南側へ移動させる必要があったのです。
🌿「北彩都(きたさいと)」って何?
駅の南側に広がるエリアのことを「北彩都あさひかわ」と呼びます。
これは、旭川駅周辺をもっと便利で魅力的な街にするために進められた大規模なまちづくり計画です。
名前の「北彩都」には、
「北の大地に彩り豊かな都市をつくろう」
という思いが込められています。
この計画によって、
・北彩都ガーデン
・広い駅前広場
・新しい道路
・マンションやホテル
・医療施設
・商業施設
などが整備され、現在の美しい駅周辺が誕生しました。
そして2015年にはイオンモール旭川駅前がオープンし、さらに多くの人が集まるエリアになりました。
🚉実は昔、駅の南側はほとんど何もなかった!
今では当たり前のように広がっている北彩都エリアですが、以前は広い操車場(そうしゃじょう)や線路があり、人が集まる場所ではありませんでした。
そこを再開発したことで、新しい街が生まれたのです。
😊旭川駅は「駅」ではなく「まちづくり」の象徴
旭川駅が今の場所になったのは、
単に駅を新しくするためではありませんでした。
「人が集まりやすく、暮らしやすい街をつくる」
という未来を見据えた大きなプロジェクトの一部だったのです。
そして今では、旭川の新しい顔として多くの人に親しまれています。
💭個人的には、旧駅舎のレトロな雰囲気が大好きでした❣️
駅の中にあったロッテリアがなくなってしまうのが寂しくて、閉館前に食べに行ったことを今でも覚えています🥹
新しい駅も素敵ですが、
「昔の旭川駅が懐かしい!」
と思う方も多いのではないでしょうか。
あの赤い「旭川駅」の文字や、大きな電光掲示板。
そして待ち合わせや買い物など、たくさんの思い出が詰まった場所でした。
駅は変わっても、そこで過ごした時間や思い出は、今も多くの人の心の中に残っているのかもしれません😊
【参考文献】
・旭川市「北彩都あさひかわ整備事業」
・JR北海道「旭川駅」
・公益財団法人ハイライフ研究所「旭川駅」
・国土交通省「北彩都あさひかわ事業」
・Wikipedia「北彩都あさひかわ」
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タムラ ユウキ/39歳/女
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