2026/5/5
経世済民の理想は美しい。
世の中を安定させ、国民を偏りなく充足させる。
その志は尊い。
しかし、私は長く考えてきて、一つの厳しい現実に気づきました。
【財産権】を尊重する【自由主義の精神】がなければ、
経世済民はほぼ確実に全体主義か縁故資本主義に堕するということです。
日本がまだまともでいられるかどうかは、
個人の財産権をどれだけ本気で守れるかにかかっています。
これこそ、政治家や官僚が一番国民に隠したがることだと思います。
最近の参政党を見ていても、それがよく分かります。
結党当初の自由主義の背骨であった『1円の増税も許さない』というスローガンを、彼らは実質的に捨てました。
今や「徳のある政治」「民を思う政治」という理想を前面に掲げ、政府の積極的な介入を増やそうとしています。
これは典型的な経世済民のアプローチです。
しかし、この試みは失敗すると私は考えています。
なぜなら、人間は結局インセンティブで動く生き物だからです。
全てを見通すことなど不可能なのに、『自分の信じる徳』で世の中を解決できると本気で思い始めると、必然的に他者への徳の強要が始まります。
そして「徳」で解決できなくなった瞬間、
それは国民生活への深い介入・管理・再分配へと姿を変えます。
歴史はこれを繰り返し証明してきました。
例えば
中国の歴代王朝では「経世済民」を美しく掲げながら財産権が国家・官僚に食い物にされ、縁故による腐敗と重税が横行し、最終的に民衆の反乱と王朝崩壊を繰り返しました。
善意の統治理念が、強い【財産権】という歯止めを失ったとき、どれだけ危険な方向に転がるか、その教訓は重い。
日本を守りたいのであれば、
綺麗な理想論ではなく、個人の財産権を徹底的に守る仕組みをこそ、最優先に据えるべきです。
それがなければ、どんなに
「民のため」
「日本のため」
と叫んでも、
結局は権力の側が得をするシステムにしかなりません。

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