2025/8/27
広島市議会議員の木村唯です!
今回は前半・後半に分けて、松川公園盆踊り大会のことを投稿いたします。
【準備編】
昨秋――空気が少しずつ冷たくなり、街路樹の葉が色づき始めた頃。
私たちはひとつの大きな挑戦に踏み出しました。
それは、松川公園での盆踊りを約30年ぶりに復活させること。
かつてこの場所では、浴衣姿の子どもたちが駆け回り、太鼓の音に合わせて輪になって踊る大人たちの笑顔がありました。
屋台の香り、金魚すくいの水音、遠くから聞こえる笑い声。
それらが混ざり合って、夏の夜を彩っていたのです。
そんな情景は今も多くの人の心に残っているはずです。
しかし、時は流れ、街の姿は変わりました。
低い屋根の家並みはマンションへと建て替わり、かつての路地は広い道路に。
私にとってもこの場所は特別でした。サラリーマン時代、区画整理事業に関わり、街が変わっていく過程を間近で見てきたからです。
「もう一度、この街にあの夏を」
そう心に決めたものの、最初の一歩は険しいものでした。
どうやったら開催できるのか。誰に相談すればいいのか。資金や道具はどうするのか。
何も分からないまま、手探りで動き始めました。
当初の実行委員会は、地元の浅枝社長と私のたった二人。
小さな声でしたが、その声はやがて波紋のように広がり、「面白そうだね」「手伝うよ」という声が少しずつ集まってきました。
私たちは、段原・松川町・稲荷町・比治山町・金屋町――町内会や集会所、体育協会、子ども会、PTAの総会にも顔を出し、直接想いを一つ一つ伝えました。
「昔のように、子どもたちに全力で楽しんでもらいたい」
その想いだけを胸に、言葉を重ねていきました。
地元企業の皆様も賛同し、協賛の輪が広がりました。
そして道すがら、住民の方からいただく「頑張って」「楽しみにしてるよ」のひと言が、私たちの心を何度も燃やしました。
やがて準備は加速し、開催日が近づくにつれワクワクが高まりました。
「どうすればもっと喜んでもらえるか」「この祭りを通して地域に何を残せるか」
そんな話をしながら、夜遅くまで準備を重ねる日々。
開催1カ月前頃には、協力者の数はさらに増え、まるで街全体がひとつの大きな家族のように、同じ方向を向いていると感じました。
そして、何度も段取りを確認し、迎える本番の日。
胸の奥で、小さく、でも確かに熱い鼓動を感じていました。

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キムラ ユイ/38歳/男
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