2025/10/24
バトンを渡された意味を理解して彼は覚悟したようです.
時間は,水のように全てのものを薄めていきます.嬉しいことも,悲しいことも,僕の近くを見る目(別名:老眼)のようにピントがボケてきます.劇薬の硝酸でも水酸化ナトリウムでも,毒薬のテトロドトキシン(フグ毒)でも薄まれば,ちょっとだけ後味の悪い水になるだけです.限りなくpH=7の中性に近づいていきます.
鎌倉時代に「まつら」から別れた傍流の「まつうら」は,こういう長い歴史を辿って今に繋がっているようですね.
30年前の27歳の時.一度目の離婚をした直後に,岡山の離島に住む僧侶に,こう言われました.
「それは辛い経験でしたね.…ところで松浦さんの家系は,定住する前,多くの武士と戦って切り捨ててきた業(ごう)があるようですね.その業と向き合い贖罪するという意味での教育への関わりのある家系なのかもしれません.松浦さん自身に何の落ち度もないのでしょうが,業を背負うことは仕方がありません.一度,先祖供養のため歩きでお遍路をされてみてはいかがでしょうか?四国にはご縁があるようですし.」
なぜ彼が当時僕すら知らなかった僕のプライベートなゆかりを言い当てたか不明でした.
そう言われてその5年後の32歳の2月に,歩く時間はなかったので,自転車(ママチャリ)で88箇所まわりました.
歩きは40日強かかりますが自転車だと26番薬王寺→番外札所・鯖大師→27番最御崎寺とか,37番岩本寺→38番金剛福寺など寺のない長距離区間を早朝深夜に一気に進められるので早いんですよ.やってみると,地元の方から「お接待」というカンパを頂いたり,お声かけ頂いたりという嬉しい経験も多い反面,遍路宿で他の遍路にお金を盗まれたり,宿代をぼったくられたりと「こんなに一生懸命やっているのに」騙すやつもいました.
不思議な経験もしました.36番青龍寺に着いて,本堂と大師堂で般若心境を唱えて納経所で納経帳に500円課金の上納経してもらった後,階段を降りる途中で足がつりました.ずっと水を飲まずに山の上にある35番清滝寺から自転車を漕いできたので当然です.で,脇に置いてあるベンチに腰掛けて正面のお墓を見ると,古い古い石の上に「松浦」の文字が見えました.僕にゆかりがあるかどうかわかりませんでしたが,曽祖父は須崎の出身だったので縁があるかもしれないとお参りをしました.当時の僕はこの程度のことしか知りませんでしたが,あとで青龍寺が高知の松浦家の菩提寺だと知りました.
こういうスピリチュアル系の話は,たまたまだと思いたいですが(だって怖いから),実は高校時代にも経験しています.
この年末にNZに出かけるとは露ほども思っていなかった高校1年生の夏.僕は祖父が社長をしていて叔父が継いだ会社の工場で数日住み込みで働かせてもらいました.親父は当時,大阪本社での立場は副社長でしたが,教育のために大阪府の最低賃金以上給料を与えるなという有難いお達しで,給料は雀の涙でした.TVではロサンゼルスオリンピックをやっていたのを覚えています.
バイトが全て終わったあと,夜行列車で数日間九州に旅行に行くことにしました.筑豊地方のローカル線がもうすぐ廃止になるからその前に乗っておきたかったのです.午前中暇になったので,高野山まで南海電車で行ってみようと思い立ちました.昼過ぎに南海の急行極楽橋行きに乗り,ケーブルカーに乗り換えて高野山駅へ行きました.多くの観光客はそこからバスで奥之院行きに乗り換えて行き,僕自身も波に飲まれてそのままバスで終点に向かいました.まあ時間もありましたし.
終点に着くと,まだ小学生になる前の記憶が蘇ってきて「ああ,ここおじいちゃんおばあちゃんのお墓のあるとこだ!」と気づきました.ただ,気付いたところで,,高野山奥之院へ行かれたことのあるかたはわかると思いますが,無数の墓がそこにはあります.松浦家の墓がどこにあるかなんか全くわかりません.まあ見物するつもりで奥之院の霊廟に向かうことにしました.奥之院霊廟手前には,家康次男の墓とか豊臣家の墓なんかがあり「へー!」って感じで眺めていました.
しばらくすると雨が降り出してきました.雨に当たるのが嫌で,大きな杉の木の下に逃げ込み,ぼんやり見ていると「松浦家の墓」が目に入りました.なんと,何千基もある墓の中から自分の墓の前に来ることができたのです.怖いのでしっかりお線香を買ってお参りしておきました.
当時の松浦家ではまあなんというか,家督争いがあり,祖父のお墓を兄が勝手に大阪市内に移したり,遺骨を北九州市のゆかりのあるお寺に預けたりといろいろあって,子供だった自分は詳しく知りませんが,この高野山のお墓は無縁仏のような扱いになっていました.父も北海道の会社で忙しい上に大阪の兄はここを打ち捨てる気満々でしたし,父自身も兄が管理している墓に連れて行かれる感じで場所がはっきり分かってはいませんでした.だから僕が出会えたのはほぼ奇跡です.
まあ…多分…僕は先祖に「呼ばれた」のでしょうね.(怖や怖や…)
そして帰りがさらにびっくりです.
奥之院前のバス停には夕方18時でもう人は全くいません.夕暮れて雰囲気は魑魅魍魎が静かに百鬼夜行する雰囲気でした.この時間のバスはもう奥之院には来ず,金剛寺前?本堂前?(だったかな?)の折り返しです.バスに吊るしてあった「自由にお持ちください時刻表」を見て今更この事実を知りました.
当時の僕は山奥のYHに泊まるため9km2時間歩くとか平気なやつだったので,歩くつもりでいたら,なんと向こうからバスが来ました.でもバスは多分折り返し回送かな?と思ったら「高野山駅行き」と表示が出ました.僕はよろこんでフリー切符を見せて乗り込みました.
乗客は僕一人でした.バスはなぜか途中停留所には全く止まらず,放送もありませんでした.高野山駅に着いて,切符を改札口に出すと,改札氏にびっくりされました.「どうやって来はったんです?」この時間のバスは無く,刈萱堂前(かるかやどうまえ)から高野山駅までバス・タクシー専用道なので歩行者は来れません.時間的にバスの来る時間ではないのに高校生がなぜか居る,と.
振り返ると乗ってきたバスはありませんでした.
…うん!親切な運転手さんが,送ってくれたんだよ,きっと…!(怖や怖や…)
ちなみにNZから帰国して以降,僕がこのお墓を50歳位まで「掃除に行って管理する」命を承りました.浪人時でさえ,大阪で浪人したのですが,1日だけもらえた休みの日にお墓参りをしました.ええ,松浦高野山墓守頭克行ですw.どうせお前は旅行に行くんだろうから近くに来た時にやっとけや,と.はいよろこんで.やらせていただきます!
話が大きくスピ的な話題ににずれましたね.元の遍路の話に戻りましょう.怖いですし.
遍路で経験したこと,それは人生そのものでした.
そして,こういった諸々が「人生の覚悟」として理解できるようになりました.
88番札所大窪寺を打ち終えて,お礼参りの1番に戻る途中,10番切幡寺に山を越えて出て,9→8→7…と戻っていく時,向こうから来る歩き遍路を始めたばかりの方を見て,自分の変容が嬉しかったのを覚えています.自転車は1番霊山寺近くの高徳線板東駅近くにある西濃運輸で自宅まで送り,その後フェリーと電車を使って高野山奥之院に結びの御礼,ついでに松浦家の墓掃除をして大阪の両親のところに向かい,苦労して集めた納経帳を両親にプレゼントしました.だって僕の問題ではなく,松浦家の業の問題があるから長男として遍路したわけですし.
ちなみにこのあと僕は「鯖断ち(鯖大師での祈願)」し,「基本酒断ち」を今でも続けています.
ちなみに自転車遍路は交通費がかからない反面,一泊7,000円程度の宿泊費と1日2,000円位の食費,そして寺ごとに支払う500円の納経帳記載料とお賽銭が必要です.だから,歩き遍路が40万円以上かかり一番高コスト,自転車遍路は25万円程度,「1県2日」で巡れる車遍路が一番お安く15万円くらいです.ま,最安値は団体観光バス遍路で8泊ツアーで10万円くらいです.コスパだけ考えれば,一番楽な団体観光バスが一番安いという理不尽な結果ですが,
「辛いものほど金がかかる」
まあ人生そういうものですよ.
人生を知らぬものほどコスパを語りがち.自分のスキルを上げスピードアップすれば自ずとコスパは高まる.
苦労がわからないからコスパを語りがち.自分が苦労すればコスパの意味がわかる.
だから,僕自身は,幾つになってもフロンティアスピリッツを忘れないよう「松浦Version3.0」に駒を進めようと思います.マッチョイズムではないです.社会性動物である男は特に,前に進まなくなったら肉体的にも精神的にも終わってしまうようプログラムされていると思っています.こんな早く終わりたくないんですよね〜
さて!本当に長くなってしまいました!
だんだん秋も深まっていきます.別荘のさつまいも・ゆず・柿・みかんの収穫をして,7匹が500匹以上に増えたため120Lの水槽4つに分けたメダカの冬越しのための風力発電ヒーターをセットしないとですよ.10月に水槽に針子(メダカの稚魚)を発見しちゃいましたからね.死んじゃったら可哀想です.
今年は別荘のきゅうりも一株から平均25本の大豊作,ミニトマトも大豊作,ゆず・柿・みかんも大豊作,メダカは大繁殖と,何かのメタファーのようですね.
縁起がいいので農作物はコツコツ全部食べて,メダカはちゃんと面倒見ようと思います.
…でも,柿は多分1本から甘柿200個以上取れそうですが,僕も妻も柿,嫌いなんだよなあ…困った.甘柿は干し柿にもできないし.でも狸が里に降りてくる原因になるから収穫しないとなんですが.
みなさん,寒くなりますので,ぜひ暖かくしてご自愛ください!
次回は多分来年4月です.
多分,この間に水戸と京都と札幌とハワイとNZとオーストリアとサンディエゴに行きます.ええ全て仕事なのにエコノミー症候群ですwww
皆様良いお年をお過ごしくださいね.
じゃあ頑張ろ〜っと‼️【終わり】
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マツウラ カツユキ/57歳/男
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