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種田 昌克 ブログ

誰に見せるためでもない記録が、本になるということ―矢部太郎さん『光子ノート』の話を聴いて

2026/6/25

先日、ラジオで「SUNDAY’S POST」を聴いていたら、矢部太郎さんが出演されていました。
宇賀なつみさんと小山薫堂さんの番組です。何気なく聴いていたのですが、そこで紹介されていた『光子ノート』という本に、強く心を惹かれました。
『光子ノート』は、矢部太郎さんのお父様である絵本作家・やべみつのりさんが、娘さんである光子さんの成長を描き続けた絵日記のようなノートをもとにした本だそうです。
そのノートは、全部で38冊。
しかも、誰かに見せるために描かれたものではないとのことでした。
ここに、私は非常に惹かれました。
誰かに評価されるためでもない。
賞を取るためでもない。
売るためでもない。
ただ、目の前にいるわが子の姿を、日々の暮らしの中で描きとめる。
それが何十年も経って、一冊の本になる。
これは、すごいことだと思いました。
矢部さんは、この本を出したいと思って出版社に企画を持ち込んだそうです。ところが、「前例も類書もないから出せない」と言われたとのこと。
普通なら、そこで終わってしまう話かもしれません。
しかし矢部さんは、そこで逆に「それこそが自分が出す理由だ」と思い、自分で出版社をつくってしまった。
出版社の名前は「たろう社」。
この話も、とても面白いと思いました。
前例がないからできない。
類書がないから難しい。
売れるか分からないから出せない。
これは出版の世界だけの話ではありません。行政でも、地域活動でも、まちづくりでも、よく聞く言葉です。
しかし、本当に大切なものは、最初はいつも「前例がない」のではないでしょうか。
誰かが最初にやるから、前例になる。
誰かが価値を信じるから、形になる。
誰かが「これは残すべきだ」と思うから、次の人に届く。
『光子ノート』は、そういう本なのだと思います。
番組の中で印象的だったのは、矢部さんが「写真だと残らないものがある」と話していたことです。
今は、スマートフォンで写真も動画も簡単に残せます。子どもの成長も、行事も、日常も、すぐに撮影できます。私たちは、昔とは比べものにならないほど大量の記録を持っている時代に生きています。
しかし、その一方で、写真や動画では残りにくいものもあります。
その子が何を見ていたのか。
その瞬間を、親がどう受け止めたのか。
どんなまなざしで、どんな気持ちで見守っていたのか。
絵日記には、単なる記録を超えたものがあります。
線の揺れ、色の褪せ、余白、修正のあと、セロテープの跡。
そうしたものまで含めて、時間そのものが残っている。
矢部さんは、その質感を残すために、ノートをカラーでスキャンし、日焼けや傷みも含めて本にしたそうです。そこにも深い敬意を感じます。
きれいに整えることだけが、残すことではない。
古びたものを古びたまま残すことで、むしろ伝わるものがある。
これは、地域の歴史や暮らしの記録にも通じる話だと思います。
私たちの身近な地域にも、誰に見せるためでもなく続けられてきた記録があります。自治会のノート、地域行事の写真、農作業の記録、古い会議録、子ども会のアルバム、手書きのメモ。立派な資料館に収められるようなものではなくても、そこには確かに人の暮らしがあり、時間があり、思いがあります。
そして、それらは放っておけば、いつの間にか失われていきます。
『光子ノート』の話を聴いて、私は「残す」ということの意味を改めて考えました。
残すとは、単に保存することではありません。
そこにあった時間を、次の誰かが受け取れるようにすることです。
矢部さんが、自分で出版社を立ち上げ、自分で発送までしているという話にも胸を打たれました。大きな流通に乗せることだけが出版ではない。必要としてくれる人に、手から手へ届ける。そこには、本来の「本を届ける」という行為の原点があるように思います。
しかも、送る封筒にもイラストを描いているとのこと。
本をつくること。
包むこと。
送ること。
受け取る人を思うこと。
その全部が、ひとつの表現になっているのだと思います。
お金のためだけではない仕事。
効率だけでは測れない価値。
誰かの人生の一部を、丁寧に受け取って、丁寧に届けること。
『光子ノート』には、そうした大切なものが詰まっているのではないでしょうか。
私たちは日々、成果や効率や数字で物事を判断しがちです。もちろん、それらも大切です。しかし、人の暮らしや地域の営みには、数字にしにくい価値があります。
子どもを見つめるまなざし。
家族の記憶。
日々の何気ない出来事。
誰にも頼まれていないけれど、続けてきたこと。
そういうものの中にこそ、後から振り返ったとき、本当に大切だったものがあるのかもしれません。
『光子ノート』という本の話は、単なる一冊の本の紹介ではなく、「私たちは何を残すのか」「何を次の世代に手渡すのか」という問いを投げかけてくれました。
前例がないからこそ、残す意味がある。
誰に見せるためでもなかったからこそ、嘘がない。
日常を見つめ続けた記録だからこそ、人の心に届く。
ラジオを聴きながら、そんなことを考えました。
私も、地域のこと、子どもたちのこと、日々の活動のことを、できるだけ丁寧に記録していきたいと思います。大きな出来事だけではなく、何気ない一日にも、あとから振り返れば大切な意味があるはずです。
『光子ノート』。
ぜひ手に取ってみたい一冊です。

https://www.tfm.co.jp/post/index.php?catid=3595&itemid=209654

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