2026/7/8

介護の現場にいると、人生の終わりに近い時間のそばに座らせてもらうことがあります。特別な話を聞こうとしたわけではなく、ただいつものように声をかけ、様子を見て、少しだけ隣にいる。そんな時間の中で、ふっと出てくる言葉がありました。
「もっと、やっておけばよかったなあ。」
その言葉は、強い後悔というより、夕方の光の中で少し遠くを見るような響きでした。誰かを責めるでもなく、自分を大げさに悔やむでもなく、ただ人生を振り返ったときに、心の奥からこぼれてくるような言葉でした。
ある方は、若い頃に行きたかった場所の話をしてくれました。ある方は、本当は挑戦してみたかった仕事の話をしてくれました。ある方は、家族にもっと素直に伝えておけばよかった言葉のことを、ぽつりと話してくれました。
不思議なことに、「失敗しなければよかった」という話よりも、「やらなかったこと」への後悔のほうが、ずっと多かったように感じます。
以前、人生の後悔についての調査や研究の話を読んだことがあります。いろいろな調査で、人生の最後に近づいた人が一番後悔することとして、「やりたいことをやらなかったこと」が挙げられている、という内容でした。
それを読んだとき、僕は新しい知識を得たというより、「やっぱりそうなんだ」と感じました。介護の現場で聞いてきた言葉と、あまりにも重なっていたからです。
ただ、「やりたいことをやる」というのは、好き勝手に生きるという意味ではないと思っています。目の前の責任を放り出して、自分の欲だけを優先することではありません。
僕が大切にしているのは、「自分は本当はどうありたいのか」を忘れないことです。どんな人間になりたいのか。どんなふうに地域と関わりたいのか。どんな自分で人生を終えたいのか。
そこから逃げ続けると、きっと後で苦しくなるのだと思います。
もちろん、挑戦する前には迷います。恥ずかしいと思うこともあります。今さらこんなことをして笑われないだろうか、失敗したらどうしようか、そんな小さなブレーキはいくつもあります。
でも、そのブレーキの中には大切なものもあります。勢いだけで進もうとしたときに、「これは誰かを傷つけないか」「自分のためだけになっていないか」と立ち止まる感覚です。人間の小さな理性や違和感は、案外、後から考えると大事だったりします。
僕が街頭演説を続けていることも、漫画やAIに挑戦していることも、本を書いたことも、すべて最初から自信があったわけではありません。むしろ、毎回どこかに恥ずかしさがあります。
それでも、やらずに後悔する自分の顔が浮かぶことがあります。施設で聞いたあの言葉が、ふっと戻ってくることがあります。
「もっと、やっておけばよかったなあ。」
その言葉を聞いてきた僕が、自分の人生で同じ後悔を積み重ねるわけにはいかない。そう思うのです。
東かがわ市で活動していると、地域にはまだまだ伝えきれていない魅力や、拾いきれていない声があると感じます。子どもたちの笑顔、若い人の挑戦、高齢になっても安心して暮らしたいという願い。どれも、特別な場所にあるものではなく、日常のすぐそばにあります。
だから僕は、できるだけ動いていたいと思っています。完璧でなくても、今の自分にできる形で伝えたい。議会だけでなく、街頭でも、ブログでも、漫画でも、地域の声を形にしていきたい。
人生の最後に後悔するのは、失敗したことよりも、挑戦しなかったことかもしれません。そう考えると、今の一歩は少し違って見えます。
あなたにも、心の中に置いたままになっている「本当はやりたいこと」があるかもしれません。無理をしすぎる必要はありません。全部を一度に変える必要もありません。
ただ、日常の中でふと感じる違和感や、小さな願いを、なかったことにしないでほしいと思います。大切な学びは、特別な場所だけにあるのではなく、毎日のすぐそばにあります。
だからこそ、自分の心の小さな声を少しだけ大切にして、無理をしすぎず、でも後悔だけは少し減らせるように歩いていけたらいいですね。
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ホーム>政党・政治家>山口 だいすけ (ヤマグチ ダイスケ)>後悔するのは、失敗じゃない 山口だいすけ 東かがわ市議会議員