2026/7/7

2026年7月、セクハラ問題で前市長が辞職したことに伴い、出直し市長選が行われることになった福岡県田川市を訪れました。
かつて「炭都」と呼ばれたこの街は、いまどのような転換点を迎えているのでしょうか。市長選の争点となっている市役所の移転・新築構想や、後藤寺駅前広場の再整備構想を、自分の目で見て歩きます。

まずやって来たのは、田川伊田駅前に広がる「伊田商店街」です。
全長約450メートル、最盛期には100店舗以上が軒を連ね、多くの買い物客で賑わっていました。

しかし現在は、多くの店舗がシャッターを閉めたまま。人口減少や郊外型店舗の進出など、全国の地方都市と共通する課題を抱えています。

そんな商店街では、閉じられたシャッターをキャンバスにした「シャッターアート」の取り組みが進められています。
空き店舗は増えても、「街を少しでも明るくしたい」という地域の思いが伝わってきます。

次に訪れたのは、街の中心部にある市役所。この日は田川市長選挙及び田川市議会議員補欠選挙の告示日前日です。
市役所前にもポスター掲示板が設置され、選挙ムードが高まりつつありました。

今回の市長選で争点の1つとなっているのが、市役所の移転・新築構想です。
現在の庁舎は築約60年。老朽化が進み、耐震性能にも課題があることから、建て替えは避けられない状況となっています。

移転候補地として挙げられているのは
①旧田川市立病院、②旧中央中学校、③旧田川東高校
それぞれ立地や利便性、防災拠点の優位性などが比較されています。

2026年5月に公表された基本構想(素案)では、総合評価の結果、「旧中央中学校」が最適候補地とされています。
そして、示された概算事業費は119億3000万円。人口減少が続く地方都市にとって決して小さな金額ではなく、その是非を巡って議論が続いています。

市役所を後にして向かったのは、もう一つの争点となっている後藤寺駅前です。
駅前広場の再整備構想が進められているエリアで、そのすぐ近くには「後藤寺商店街」があります。
こちらも伊田商店街と同じように、かつての賑わいを知る人ほど、その変化を実感する場所です。

田川市は、明治から昭和にかけて日本有数の炭鉱都市として発展しました。
とりわけ三井田川炭鉱は地域経済を支え、日本の近代化を支えた存在でもあります。当時は全国から多くの人が集まり、「炭都」として繁栄を極めました。

しかし、戦後のエネルギー革命によって石炭需要は急速に縮小し炭鉱は次々と閉山。1969年に新田川炭鉱が閉山したことで、市内から炭鉱産業は姿を消しました。
街の産業構造は大きく変わり、その影響は現在も続いています。

人口は最盛期の10万人超から、現在はおよそ4万3000人まで減少しました。
土曜の昼間にもかかわらず、商店街を歩く人の姿はほぼ見かけません。伊田商店街に続き、後藤寺商店街でもシャッターを下ろした店舗が目立ちます。

一方で、後藤寺駅前では高速バスターミナルの廃止などを契機に、駅前広場の再整備構想が進められています。
2022年には基本構想が公表され、駅周辺の新たな形が模索されています。

市役所の移転・新築構想、後藤寺駅前広場の再整備構想、どちらも田川市の将来を左右する大きなプロジェクトです。
人口減少が続くなか、どのような街づくりを選ぶのか。この市長選は、一人の市長を選ぶだけでなく、「田川市の未来」を選ぶ選挙でもあると感じました。
<仲れいこってどんな人?>
1989年(平成元年)生まれ/東京都出身。2019年YouTubeチャンネル開設、現在SNS総フォロワー11万人を超える。“広く国民の政治参加を促す”2025年石丸伸二氏が立ち上げた「再生の道」から東京都議選に出馬。現在は離党し、地方から日本を元気にするために奮闘中。
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ホーム>政党・政治家>仲 れいこ (ナカ レイコ)>【福岡県田川市】炭鉱の街はいま。シャッター商店街と119億円の新市庁舎構想、市長選で問われる未来