2026/7/4

2024年1月、能登半島地震で輪島市の中心部を襲ったのは、揺れだけではなかった。朝市通り周辺で発生した火は木造家屋の連なる一帯を焼き、およそ240棟が失われた。2016年の糸魚川市大規模火災でも、古い木造建築が並ぶ駅前一帯で147棟が焼損している。共通するのは、燃えやすい建物が隙間なく建ち並ぶ市街地で起きた火災だったことだ。
同じ条件を抱える地域は、東京にもある。江東区の北砂三・四・五丁目地区はその一つで、「不燃化特区」の指定を受け、まちを燃えにくく作り替える事業が進んでいる。
東京都が設けた制度で、地震火災の危険性が特に高い木造住宅密集地域を対象に、通常より手厚い支援を投入する仕組みだ。北砂三・四・五丁目地区は平成26年度に指定を受けた。
古い建物の解体(除却)費用や、耐火性の高い建物への建て替えにかかる設計費・監理費を助成するほか、幅6メートル以上の防災生活道路の整備、解体跡地の広場・公園化などを組み合わせ、地域ぐるみで「燃え広がらない構造」を作っていく。

事業の到達度は「不燃領域率」という数値で測る。建物の耐火性に、道路や公園といった空地の割合を織り込んで算出する、まち全体の燃えにくさの指標である。東京都の資料では、これが60%を超えると延焼による市街地の焼失率は0%に近づき、70%を超えればほぼゼロになるとされる。つまり70%は、「火が出ても、まちごと焼ける事態はまず起きない」ことを意味する水準だ。
北砂地区は指定当初の55.5%から令和6年度の62.6%まで、およそ10年で7ポイント強を積み上げてきた。ただし、事業期限の令和13年3月末まで残された時間は約6年。伸びは年1ポイント前後で推移しており、単純計算では70%到達までに7〜8年を要する。期限と目標の間には、まだ埋まっていない差がある。
ここに、制度設計時には想定しにくかった逆風が加わった。建設費の高騰である。資材価格と人件費の上昇は公共工事にも及び、北砂地区では防災生活道路の整備工事の入札が2年続けて成立しなかった。
個人の建て替えや解体も事情は同じで、工事費が上がるほど、金額の変わらない助成でまかなえる範囲は狭くなる。物価が動けば、支援策の実質的な価値も動く。制度をつくった時点の前提が、インフレによって崩れつつあるのだ。
加えて、こうした地域では建物所有者の高齢化が進んでいる。年金収入では建て替え資金の借り入れが難しく、助成があってもなお踏み切れない世帯が残る。資金の問題は、助成額の多寡を超えた構造的な課題でもある。
もう一つ、注目すべき点がある。江東区の長期計画(後期)がこの地区に置く指標は、令和11年度末で66%。現在のペースでも到達が見込める数字だ。しかし66%では、延焼のリスクはまだ残る。
「まちごと焼けない」水準である70%と、計画に記された66%。首都直下地震が今後30年以内に70%の確率で想定される中、どちらを本当の目標に据えるのか。この問いは北砂だけのものではなく、木密地域を抱えるすべての自治体に共通している。
この不燃化特区をめぐっては、江東区議会の委員会でも質疑が行われ、助成の拡充について区から「一定の効果がある」との答弁が出ている。議会でのやり取りの詳細と、目標達成に向けた論点の全体像はこちらで。
▶ 江東区・北砂の不燃化特区、目標達成には助成の拡充を――区も「効果」を認めた
https://y-nakajima.net/archives/1515
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ホーム>政党・政治家>中島 ゆうたろう (ナカジマ ユウタロウ)>不燃化特区とは? 物価高騰が遅らせる「燃えないまちづくり」 ―江東区・北砂で何が起きているか