2026/4/4
3月24日午後、西山輝利後援会長が亡くなられました。
昨年暮れに体調を崩され、入院された後はご自宅で療養を続けておられました。
いつかこの日を迎えることは、心のどこかで覚悟していたつもりでしたが、現実を前にすると、やはり胸が詰まります。
私が故郷に戻り、市議会議員を志した早い時期から、長きにわたって支えてくださったのが西山さんでした。
倉敷市議会議員は43人おります。
それぞれに後援会長がおられますが、その中でも西山さんは、その人脈の広さ、お人柄の厚み、そして信頼の深さにおいて、私にとって最強であり最良の後援会長でした。

本当に多くの方をご紹介いただきました。
しかし、私が何より忘れられないのは、そのお立場やご経歴以上に、どこまでも真摯な方だったということです。
集会でご挨拶をお願いすると、必ず「早めに原稿を出してほしい」と言われました。
それは、自分が目立つためではなく、応援する以上はきちんと応援したい、来てくださる方々に失礼があってはいけない、という思いからでした。
その誠実さがあったからこそ、西山さんの言葉は、いつも会場の心を打ちました。
また、西山さんは深い人生経験をお持ちでありながら、それを人に押しつけることのない方でした。
ご自身の考えはきちんと述べながら、最後には
「若い人には若い人の考えがある」
「今には今のやり方がある」
と、相手を尊重して一歩引かれる。
本当に強い人とは、相手を受け止める度量を持つ人なのだと、私は何度も教えられました。
児島ライオンズクラブでも、西山さんの責任感の強さを間近で見てきました。
耳がご不自由になられてからも例会に足を運ばれ、
「あんたが会長の間は休むわけにはいかん」
とおっしゃってくださいました。
責任は最後まで果たす。
その姿勢そのものが、西山さんのお人柄でした。
療養中、お見舞いに伺った際、手を握って
「ありがとうな。世話になっているな」
とおっしゃってくださいました。
お礼を申し上げるべきは、私の方です。
最後まで周囲への感謝を忘れない、そのお気持ちにも胸を打たれました。
西山さんがこの地に遺してくださったものは、長寿の記録だけではありません。
人に向き合う誠実さ、控えめでありながら揺るがぬ品格、相手を生かす優しさ、そして引き受けた務めを最後まで果たす背中です。
その背中を思い浮かべながら、私もまた、この地域をしっかりと引き継いでいく決意を新たにしています。
西山さんが守ってこられた児島の土台を、残された私たちが次の世代へ受け継いでいかなければなりません。
西山さん、長年にわたるご厚情に心から感謝申し上げます。
どうか、ゆっくりとお休みください。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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