2026/5/3
【なぜ敦賀の神様は「けひ」と呼ばれるのか?】
皆様、いつも大変お世話になっており誠にありがとうございます。ふくいの党、福井県議会議員の堀居哲郎です。
私の地元敦賀には、全国に誇れる神社があります。
それが、敦賀市の象徴とも言える 氣比神宮 です。私の家の近所でもあります。
敦賀市民にとっては当たり前の存在ですが、県外の人に話すと時々聞かれることがあります。
それは――
「気比ってどういう意味?」
ということです。
確かに、全国を見渡しても「けひ」という読み方は非常に珍しい。
実はこの地名、古い文献では 「笥飯(けひ)」 と書かれていました。
「笥」は食べ物を入れる器。
「飯」は文字通り、ごはん。
つまり、食べ物に関係する名前なのです。
なぜ敦賀が「飯の国」なのか。
その理由の一つは、敦賀が古くから海の玄関口だったことにあります。
日本海の豊かな海の幸が集まり、人が集まり、文化が集まる場所だった。
私見ですが敦賀は昔から、
「食」と「交流」の拠点だったと言えるのかもしれません。
そして氣比神宮は、その中心にあります。
高さ約11メートルの大鳥居は、
春日大社、厳島神社と並ぶ「日本三大木造鳥居」の一つとも言われています。また、越前国の一宮、北陸道の総鎮守です。
敦賀にとって氣比神宮は、単なる神社ではありません。
港町として発展してきた敦賀の歴史、
そしてこの街に生きてきた人々の祈りを、
ずっと見守ってきた存在です。
敦賀には、こうした奥深い歴史がまだまだたくさんあります。
普段当たり前に見ている場所でも、
少し視点を変えると、新しい発見がある。
そんな敦賀の魅力を、これからも少しずつですが、市外・県外に発信していきたいと思います。
敦賀は、まだまだ面白い。
そして、まだまだ可能性のある街です。
私たちの街敦賀への想いを胸に。
張り切っていきましょう✨
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ホリイ テツロウ/46歳/男
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