2026/3/28
令和の玲!しもだ玲です。
先日の議会質疑で、
子どもの見守りに対する対価の低さについて指摘しました。
https://ameblo.jp/ray-shimoda/entry-12959758003.html
その発信を受けて、実際に現場で見守り活動に
携わっている方々から、率直な声が寄せられています。
そこから見えてきたのは、制度の根幹に関わる課題です。
■善意に依存する仕組みの限界
子どもの見守りは、単なる補助的な役割ではありません。
子どもの命と安全を預かる、極めて責任の重い役割です。
しかし現状では、その役割の多くが、
低い対価の“有償ボランティア”によって支えられています。
これは本来、制度として持続可能な形とは言えません。
善意に依存する構造は、
一見すると成り立っているように見えても、いずれ限界を迎えます。
そして、その負担は静かに現場へと押し付けられていきます。
■“官製フリーライド”という問題
こうした構造は、
見方によっては「官製フリーライド」と受け取られかねません。
本来、行政が担うべき責任を、
市民の善意によって補完している状態です。
だからこそ必要なのは、
責任に見合った対価を前提とした制度設計です。
子どもの安全を本気で守るのであれば、
そこに必要なコストから目を背けるべきではありません。
■財源の使い方は妥当か
一方で、議員の視察に伴うメシ代に
3,000円という税金が使われるような運用が、
優先順位として本当に妥当なのでしょうか。

※R4年10月11日 交通対策等特別委員会 しもだ玲質疑 議事録より引用
もちろん、視察そのものの意義は否定しません。
しかし、限られた財源の中で、何にどれだけ配分するのか
という視点は欠かせません。
子どもの安全という
根幹に関わる分野と、その他の支出。
そのバランスは、
いま一度、冷静に見直されるべきです。
■問われているのは「覚悟」
結局のところ、
問われているのは、何を優先するのかという社会としての意思です。
子どもの安全を守る。
それを本気で掲げるのであれば、
その責任に見合う仕組みと、
それを支える財源配分が必要です。
「善意」に頼るのではなく、
「制度」として支える。
その転換が、いま求められています。
練馬区議会議員の半数以上が、
メシ代3,000円を優先しています。
その議員を選ばれる以上、
このかたちが、変わることはありません。
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