田中 としかね ブログ
「狂言回し」
「狂言」というのは、「能」や「歌舞伎」と並ぶ日本の伝統的な舞台芸術ですよね。普段から観に行ってますよ!という方は少ないと思いますが、学校行事の「芸術鑑賞」などの機会に接したこともあるのではないでしょうか。登場人物による対話を中心とした「せりふ劇」になります。大がかりな舞台装置などは一切使用せず、言葉やしぐさだけで全てを表現します。内容的な特徴は「おかしみ」にあると言えるでしょう。庶民の日常的なふるまいを題材に、人間の習性や本質をするどく切り取って、大らかな「笑い」にするところがポイントです。そんな「狂言」にまつわる言い回しとなるのが、「狂言回し」という表現です。
「物語の進行を助けたり、登場人物の意図や背景を観客に説明したりする役割を果たすキャラクター」というのが「狂言回し」の説明になります。主人公ではないのですが、物語のストーリー進行や主題の説明などに欠かせない役柄なのです。その重要性から比喩的に「物事の進行を裏で取り仕切る人物」を指すことがあります。「この案件では彼が狂言回しの役割を果たしている」といった用法ですね。
実際の狂言を例にとって説明してみましょう。『附子(ぶす)』という演目です。「この桶(おけ)の中には附子(ぶす)という猛毒が入っているので、決して近づいてはならない。桶から流れてくる空気を浴びただけでも死んでしまうぞ!」と、さんざん脅かしていたその桶の中身が実は「甘い砂糖」だった、というお話ですね。皆さんもどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。「附子」のことが気になって気になって仕方がなくなる主人公たちが、決死の覚悟で桶に近づき、中を覗き、手に取って、ついにはなめてみると、その様子が面白おかしく演じられるのですが、この際に活きてくるのが最初の「説明」だということなのです。「大事なものだからしっかりと番をすること」「けれども決して近づいてはならない」。この矛盾する言葉が、その後の展開を予想させるのですね。場面状況を観客に説明する最初の登場人物が「狂言回し」ということになります。
ちなみにこの『附子』という演目には、三島由紀夫による「改作」があります。舞台をニューヨーク三番街のアンティーク店に設定し、桶の中身は「砂糖」から「キャビア(高級食材)」に置き換えられています。店主の留守中にキャビアを食べつくしてしまう店員たちの演技に注目です。ワインの瓶やレモンといった小道具も登場しますよ。
さて、現代の演劇や映画でも、「狂言回し」の役割は見られますよね。特定の「人物」として、むしろ皆さんにはおなじみなのかもしれません。物語の中で他のキャラクターの行動や発言を引き出し、全体の流れをスムーズにする役割を果たす「人物」ですよね。物語の中で説明や解説を行うことで、視聴者や読者がストーリーを理解しやすくする役割を果たします。さらには、他のキャラクターとの対話や関係性を通じて、物語のテーマやメッセージを強調することもできます。有名な『シャーロック・ホームズシリーズ』に登場する「ワトソン君」は、まさに「狂言回し」の典型的な例だと言えます。彼の役割は、以下のように説明することができるでしょう。ワトソンは、主人公であるホームズの友人であり、彼の冒険に常に同行しています。名探偵ホームズの物語は、同行しているワトソンの視点から語られることが多く、読者はワトソンを通じてホームズの推理や行動を理解することになるのです。ワトソンが質問を投げかけたり、驚いたりすることで、ホームズの考えや行動の意味が明らかになり、物語が進行していきます。ワトソンは、ホームズの真意をくみとれないことが多く、その疑問をいわば読者を代弁するかたちで発言します。これによって読者はホームズの天才的な推理をより深く理解することができるようになるのです。またワトソンは、ホームズの冷静で論理的な性格と対照的な、感情豊かで人間味のあるキャラクターです。この対比によって、物語のテーマやメッセージがより強調されることにもなります。ワトソン君が「狂言回し」を演じることで、ホームズとの「違い」が際立つ、有名なシーンがありますよ。「ボヘミアの醜聞」という『シャーロック・ホームズの冒険』に出てくる話の中に登場します。
ホームズがワトソン君に問いかけて、会話が始まります。「きみは見ているだけで、観察していないんだ。見ることと観察することは、まるっきり違う。たとえば、玄関からこの部屋に上がる階段を、きみは何度も見ているね」「ずいぶん見ている」「何度くらい?」「そうだな、何百回と見ているな」「じゃあ聞くが、何段ある?」「何段かだって!そんなの知らないな」「そうだろう!観察していないからだ。見るだけは見ているのにね。ぼくの言いたいのはそこなんだよ。ぼくは十七段だということを知っている。見るだけでなく観察もしているからだ」
「観察すること」の重要性を「見ること」との違いから説明するのですが、それぞれのキャラクターを当てはめることで、より対比が鮮明に描かれることになるのですね。ここでその役割を十分に果たしているのがワトソン君になるわけです!
著者
| 肩書 |
文京区議会議長 特別区議会議長会会長 |
| 党派・会派 |
自由民主党
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