アカサカ カナタ/62歳/男

本名(後藤直樹) 子供や孫、ひ孫…ずっと未来のために… 赤ちゃんから大人まで一生住み続けたくなる街造りを!
| 選挙 | 加古川市議会議員選挙 (2026/06/28) - 票 |
|---|---|
| 選挙区 | 加古川市議会議員選挙 |
| 肩書 | 絵本作家、元加古川市立小学校児童クラブ常勤補助員、加古川未来ファースト主宰、加古川交流サークル・かこがわファーストの会主催、個別指導塾WAM講師、HPS株式会社代表取締役 |
| 党派 | 無所属 |
| サイト | |
| その他 |
2026/6/27
2026/6/26
2026/6/25
2026/6/24
2026/6/24
2026/6/23
2026/6/22
2026/6/22
| 生年月日 | 1963年07月19日 |
|---|---|
| 年齢 | 62歳 |
| 星座 | かに座 |
| 出身地 | 神戸市東灘区 東灘小学校の1年生と2年生の担任の先生が、『兎の眼』や『太陽の子』『天の瞳』などで知られる児童文学作家の灰谷健次郎氏でした。 |
ーなぜ、市議会議員に挑戦するのか?
きっかけは、明石市が 0 歳児全員に絵本を配る「ブックスタート」を知ったことです。全国の自治体の半数以上が実施しているのに加古川はまだだったので、議員の方に議会に諮っていただけるよう打診しました。
市の反応は芳しくなかったものの、「多くの市民の声を議案にし、市議会に提案していく」市議会議員という仕事に興味を持ったのはこの時が初めてでした。
神戸市立東灘小学校の1年生と2年生の担任の先生が、『兎の眼』や『太陽の子』『天の瞳』などで知られる児童文学作家の灰谷健次郎氏でした。
良くも悪くも最も強烈な印象が残っている、今の時代では考えられないような先生でした。
でも、いつも全力で子供に向き合ってくださる、愛情を持って接してくださる、そんな先生でした。
大学の講座の先生と灰谷先生、私は恩師に恵まれました。子供への接し方という点で非常に影響を受けました。でも、教師になろうとは思いませんでした。
実は大阪府立大学の工学部出身なんですが、何度か医学部を受けて落ちているんです。でも今となっては、落ちて良かったと思っています。なぜかというと、血がダメで。卒業後に採血のとき気を失って、顔から倒れて床にぶつかったことがありました。
血が苦手な医者はちょっとダメですよね(笑)。万事塞翁が馬、とはよく言ったもので、うまくいかないことが後から見ると正解だったりするものです。
卒業後は某大手保険会社に入りました。給料は良かったですよ。でも、時には今まで入っている保険を解約させてこちらに移す、お客様にとって本当は損になることをしないといけない場面がある。それが自分には合わなかった。5年で辞めました。
その後、塾や家庭教師を始めました。成績の上げ方には自信があります。今も現役で教えていますし、先月まで小学校の児童クラブで補助員もしていました。給料は保険会社時代とは比べものになりませんが、子どもたちの成長を見ていると、こちらの方が自分には合っている。議員になっても、需要がある限りライフワークとして続けます。
児童クラブや塾、家庭教師など、今まで多くの子供と接しているうちに、「これからこの子供たちに、子々孫々に、我々大人が未来に何か残してあげることはないのだろうか」という想いが強くなりました。絵本を作ったのもその一環です。ただ、国レベルで変えることは難しい。まずは大好きな加古川から始めよう!
ということで、加古川市議会議員に立候補することになりました。
ー活動で大切にしていること
活動の中で、大きな影響を受けた方がいます。一緒に絵本プロジェクトをした辻慶樹さんという書家の方で、奈良県の出身です。地域の人の相談や悩みをとことん、精神的にまいっている方もひどい状況の方も、とことん聞き続け手助けするボランティアをされていました。いくつものプロジェクトも成功させておられます。私には到底真似ができませんがかなり感化されました。おととし脳梗塞で倒れられ、先月お亡くなりになりました。この方が元気だったら、きっと一番応援してくれていたと思っています。
[石原英一氏 インタビュー記事より一部抜粋]
note
https://note.com/chinjou_ojisan/n/nebc21cee6714