2023/4/17
2011年3月11日、何をしていましたか?
この頃、宮城県にある仙台放送に務めていました。
アナウンサーとして入社し、その後広報戦略の部署に異動。
市民のみなさんと触れ合うための施策をたくさん実施していました。
2011年3月11日は、東日本大震災が起きた日です。
私は、仙台市内にある百貨店「藤崎」に仕事で来ていました。
揺れに対しては、恐怖はないのですが
揺れの長さに、外はどうなっているのだろうかと思いながら過ごしていました。
大きな揺れの後、
いろんなことがありすぎて、書ききれないのですが…💦
地震を止めることはできませんが
被害を小さくする、復興への備えはできるということです。
災害によって被る被害を最小限におさえるために、あらかじめ準備をし
どれだけ早く普段の生活に戻れるか
「減災」に力を入れていく必要があります。
そこには、行政はもちろん人との助け合いが必須です。
もっと、こうだったらいいのに…
と思うことがたくさんありました。
そのような思いを抱えていたこと
そして、練馬区に引っ越してきたことを機に
防災士になりました。
練馬区の防災活動と減災を通じて、人とのつながりの大切さを
一緒に取り組んでいきたいと思っています。
人との良好なつながりを表すリレーションシップは、
ポジティブな関係を生み出しそれがウェルビーイングにも繋がっていきます。
防災・減災を通じて、ウェルビーイングな練馬区にしていきます🍀
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ミズカミ アキコ/45歳/女
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