2026/1/27
白岡市議会議員 細井藤夫です。
「私を選ぶか、ほかの内閣か」という、首相の解散の弁に、驚きと失望と怒りを感じて一週間。
今日から、衆議院議員選挙の選挙運動がはじまりました。
今回の衆議院選挙、いろいろな意味で国会のあり方を考えさせられる解散だと思います。
【予算案すら提出しないことの是非】
まず、解散のタイミングです。
本来であれば、1月23日召集の通常国会は、令和8年度の国の予算案の審議の場になるはずでした。
ところが、冒頭でいきなりの解散。
結果として、国の予算案は衆議院に上程すらされずに、選挙を行うことに。
2月8日の選挙のあと、国会が再開することには、2月半ばになってしまいます。
首班指名やら、所属委員会の決定やら、審議をするための下準備でとられる日数を勘案すれば、予算案の審議がいつになるか…。
間違いなく、3月中には予算案は成立せず、「つなぎ補正」を審議可決させなくてはならなくなります。
国の交付金等を財源とする施策がある以上、地方自治体の予算案は「国から、いくらの歳入が『ある』」という予算編成がされることになります。
しかし、令和8年度予算案については、「国が予算案を審議すらしていない」状態のうちに、多くの地方議会にさきに上程されることになり、「皮算用予算案を審議しなければならない」状況になります。
政権交代のときだけでなく、現政権が支持をあつめて野党に配慮する必要がなくなる議席数を得た場合であっても、「この施策、はずしましょう」という修正をかけられることがあると、地方議会で審議した予算案自体の正当性がなくなってしまうものと懸念します。
次年度予算の道筋がたたない段階で、一方的に解散をされたことの余波は、地方議会にも大きく及ぶものと考えます。
このような「もらい事故」は、誰が首相であっても歓迎できないものです。
【解散権行使の是非】
衆議院の解散権は、内閣総理大臣の専権事項と考えます。
しかし、実務上とはいえ「日本国憲法第7条」に根拠をもとめる以上、天皇陛下に国事行為をさせることとなる以上、その行使は慎重であるべきです。
また、衆議院議員は「任期4年」と定められている以上、有権者は「4年間、誰に任せるか」を考え、候補者に託しているはずです。
郵政民営化解散のような「国民に政策を問う解散」、あるいは、政権運営上の問題や閣僚不祥事等で野党から厳しく追及された結果の「追い込まれ解散」であれば、解散に一定の民意が働くことになるでしょう。
しかし、今回の解散は、「私を選ぶかどうか」というひとことに集約される「権力暴走型の解散」であり、そこに民意を見出すことは難しいものと考えます。
連立の組み合わせは、自公から自維にかわりましたが、一昨年秋に信を得た国会議員のなかでの動きが、解散の理由にふさわしいとは、私には思えません。
「議員であってはいけない理由」をつけられないまま、与野党問わず、衆議院議員全員が、首相の判断ひとつで「もらい事故」的に議員の立場を失うことになりました。
志高く真剣に職務に取り組まれていた、与野党多くの議員が「志半ばで職を失う」ことが、国益に叶うことかどうか、解散権のあり方を考えるべきではないでしょうか。
【一昨年の選挙の意味】
衆議院は、一昨年の秋に選挙を行ったばかりで、まだ1年3ヶ月ほどしか経っていませんでした。
前回の選挙の結果、有権者は少数与党による「議論を必要とする国会」をつくりあげた…、それが、「これから4年間への思い」だったはずです。
「議論を必要とする国会」で連立の枠組みは「自公」から「自維」にかわりましたが、議論を行う際に向き合う相手が変わったからといって、そのことをもって、有権者が「このひとたちに4年間任せた」という判断を一方的に打ち切ることが、正当な理由とは私には思えません。
(熟議の結果として近似性のある政党が合流することも、私は特段問題とは考えません。)
一昨年の選挙で、「4年間任せた」と信託された議員が、どれだけ頑張ってきたかを、冷静に評価する必要があると考えます。
また、「あなたにはちょっと…」とされた落選者が、この1年3ヶ月でどれだけ信頼を取り戻したか、冷静に評価すべきだと思います。
一昨年の選挙の際の信託は、「4年間」のものだと、再度考えていただきたいと、強く訴えます。
【選挙はタダじゃない】
今回の「もらい事故解散」で、本来なら4年に1回だけ必要な国政選挙の執行経費が、再度かかります。
その額、全国で約700億円。
国民の血税を、たった一人の判断で使ってしまうことを、どう評価したらよいのでしょうか。
規模は違いますが、昨年行われた地方自治体の首長選挙と比較していただきたいと思います。
「出直し選挙」で、当該自治体の予算をつかうことへの是非も問われた選挙がありました。
国政選挙だけは「経費について不問」でよいのでしょうか。
むしろ、国の経営責任者としての自覚があるなら、700億円をどう使うか冷静であってほしかったと、つくづく残念に思います。
その700億円の「無駄遣い」と、厳冬期の選挙戦の各陣営のご苦労、寒いなか投票権を行使することの困難さ…、色々な意味で、私たちにとって今回の衆議院選挙は「もらい事故」でしかないと、遺憾に思います。
そんな「もらい事故」の責任は、当然問うべきだと考えます。
700億の「無駄遣い」の責任を問わずに、選挙を受け入れてよいものか、今一度考えていただければと願います。
これから「4年間しっかり働く議員」を選ぶ、大事な選択の期間がはじまります。
大事な選挙です。
明日からの期日前投票、また、8日の当日投票、足をお運びください。
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