2026/4/3
日本の周産期医療は、新生児死亡率・乳幼児死亡率ともに世界最小を維持し続けています。「日本は世界で最も安全にお産ができる国」であることは、統計上の紛れもない事実です。
しかし、その「安全」の数字の裏側で、今、日本の母子保健は崩壊の危機に瀕しています。産婦人科医、小児科医、そして我々政治家が向き合うべき、「救われている命」と「救えていない心」のギャップについて、最新のデータをもとに分析します。
日本の周産期医療は身体的な安全性を極限まで高めてきましたが、精神的なセーフティネットには巨大な穴が空いています。
衝撃の死因第1位: 産後1年までの妊産婦の死亡原因で最も多いのは、合併症ではなく「自殺」です。
負の連鎖: 児童虐待相談件数は年々増加。さらに、不登校や中高生女子の自殺増加など、心理社会的要因が複雑に絡み合った結果が、周産期の現場に「抑うつ」や「不安」として現れています。
「表面に見えている問題は氷山の一角に過ぎない」という危機感が、医療現場には充満しています。
2023年度(令和5年度)より、産後ケアは「ユニバーサルサービス」として全自治体での実施が努力義務化されました。しかし、利用実態には驚くべき乖離があります。
日本産婦人科医会の調査によると、産後ケアの認知度は高いものの、実際の利用状況は極めて限定的です。
項目数値実際の利用率22.2%(わずか5分の1に留まる)利用希望者のうち実際に利用できた割合63.7%未利用の主な理由手続きの煩雑さ、高額な自己負担、近隣に施設がない、上の子の預け先がない
特に「宿泊型」のニーズが非常に高い一方で、実際には「日帰り型」の利用が多く、「本当に休みたい時に、休める場所がない」というミスマッチが浮き彫りになっています。
日本を代表するナショナルセンターでは、年間2,000件を超える分娩に対応する傍ら、高度な産後ケアを展開しています。
多職種連携の極致: 助産師による24時間の支援に加え、小児科医、理学療法士、心理療法士、管理栄養士、さらには歯科までがチームで介入。
個別化されたケア: 1,500g未満で生まれた極低出生体重児の家族に対し、退院前の不安を解消するための宿泊ケアを実施。
パパへの支援: 育休を取得する父親への育児手技指導など、家族全体のレジリエンス(回復力)を高める取り組み。
しかし、こうした手厚いケアを支えるコストは莫大です。個室利用では3泊4日で18万円〜21万円、大部屋でも約9.2万円。世田谷区の補助があってもなお、利用者の負担は決して軽くありません。
私が最も危惧しているのは、「産科医療機関の経営継続性」です。
1次施設の危機: 正常なローリスク分娩を担う地元の産科診療所のうち、60%以上の施設が赤字経営に陥っています。公的な経済支援がない中、企業努力だけで踏ん張っているのが現状です。
お産難民の現実: 地方では半分以上の地域で産科診療所がなくなりつつあります。分娩施設までの距離が遠くなれば、当然、母子の死亡リスクは上昇します。
産後ケアの採算性: アンケートでは、4割の施設が「産後ケア事業による収益が少ない」と回答。善意と使命感に頼った運営は、もはや持続不可能です。
今回の議論を通じて、我々が国に強く求めていくべき「4つの処方箋」を提示します。
経済的評価の適正化:
標準的な分娩に対し、給付水準として70万〜75万円程度を確保するとともに、産後ケアにおけるリハビリやメンタルケアに対し、適切な保険点数・加算を検討する。
「標準化」と「地域格差」の是正:
自治体ごとにバラバラな補助額や手続きを統一し、どこに住んでいても質の高いケアが受けられる「ナショナルスタンダード」を確立する。
多職種・多機関のワンストップ化:
「こども家庭センター」の機能を強化し、民間ソーシャルワーカーや保健師が、医療機関から家庭へと「切れ目のないバトン」を渡す仕組みを作る。
産後ケアを「強靭な社会インフラ」へ:
「休息」は贅沢ではなく、虐待防止や次世代育成のための投資である。宿泊型の諸経費(試算では1泊2日で13万円)を国が適切に支える仕組みが必要である。
「世界一安全にお産ができる」という看板を、私たちはいつまで守り続けられるでしょうか。現場の医師や助産師の献身に甘え、経営的な赤字や産後の孤独を放置し続けることは、日本の未来を摘み取ることと同義です。
お母さんが「この国で産んでよかった」と心から思える社会。そして、医療現場が胸を張って持続可能な運営ができる環境。この両輪を回すために、私は現場出身の国会議員として、全力を尽くしてまいります。
本記事は、周産期医療および産後ケアに関する議連・勉強会での議論(2026年3月)に基づき作成しました。
記事の追加として
助産院との役割分担、そして「13人に1人」と言われる男性の産後うつの実態。これらは、これからの周産期医療・産後ケアを語る上で欠かせない課題だと認識しています。
今後の制度設計において、避けては通れない二つの大きな論点があります。一つは「施設の棲み分け」、そしてもう一つは「父親のメンタルヘルス」です。
産後ケアのニーズは多岐にわたります。合併症や疾患を抱える「ハイリスク層」への高度な医療的ケアは、成育医療研究センターのような専門機関が担うべきです。一方で、「心身をリフレッシュしたい」「家庭的な環境で相談したい」というローリスク層に対しては、地域に根ざした助産院がその強みを発揮と考えています。
課題: 現在、助産院でのケアは「医療行為」とみなされず、点数化や公的支援が極めて薄い状況です。
展望: 病院は「高度医療」、助産院は「生活に密着した伴走」という二刀流のスキームを確立し、どちらも赤字にならない持続可能な財政支援を組み込む必要があります。
そして、これまで「母親の問題」として語られがちだった産後うつですが、最新の研究では父親の約13人に1人(約8%)が産後うつを経験しているという衝撃的な数字が出ています。
孤立する父親: 孤独を感じているのは母親だけではありません。慣れない育児、仕事との両立、そして「自分が支えなければ」というプレッシャー。育児休暇の収得がもたらす問題でもあると考えます。
家族単位のケア: 産後ケアを「母子支援」から「家族支援」へとアップグレードすることが不可欠です。父親が共に宿泊し、育児技術を学びながら心の負担を分かち合える環境作りは、結果として母親の負担軽減、ひいては少子化対策の核心を突くことになると感じています。
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