2026/3/20
3月14日トランプ大統領は自身のSNSで、中国、フランス、日本、韓国、イギリスその他の国に対して、イランによって封鎖されているホルムズ海峡に「船を送れ」とメッセージを発しました。日本を含め同盟各国は軍事行動を共にせよ、というトランプ大統領のメッセージに色めき立ちました。
欧州各国はそれを否定する声明を次々に発表し、その後トランプ大統領は18日未明に、こうした対応に対して、NATO諸国、日本、オーストラリア、韓国に対しても「誰の助けも必要としない!」と一転、前言を翻しました。
◆Show the flagからBoots on the Groundそしてsend SHIPSへ
2001年の同時多発テロ時には米国は「ショー・ザ・フラッグ」:旗幟鮮明にせよ、と同盟国としての支援を日本政府に明示することを求めました。2003年、イラク戦争時には米軍が日本政府に「ブーツ・オンザ・グラウンド」と地上部隊の派遣を強く求めてきました。当時の小泉政権はそれを受け、自衛隊をインド洋・イラクに派遣しました。
こうした流れの中で安倍政権時には2014年の閣議決定で集団的自衛権の行使を容認し、2015年の安保法制成立で、米軍と自衛隊の一体化による体制整備がなされたとされています。そして、今回の「センド・シップス」は同盟国に艦艇の派遣を要請し
ているものとの予測ではありましたが、トランプ大統領はわずか三日で撤回しました。
こうした状況について、かつて日本政府からも事務局長を輩出した国際海事機関(IMO)は、米国が石油タンカーに海軍の護衛を提供したとしてもホルムズ海峡通過の船舶の安全は「100%保証するものではない」と語っています。また、トランプ大統領は18日に発言を撤回する前に、同盟国に対し同盟関係を試すために「彼らが必要だからではなく、彼らがどう反応するか知るために発したようなもの」とも述べ、今回のイラン攻撃について、トランプ大統領の極めて不安定な意思の揺らぎを示しています。
◆アメリカファーストから、トランプファーストへの転換か
総理は、19日の日米首脳会談で米国での次世代原子炉(小型モジュール炉)の建設など約11兆5000億円のエネルギー分野への対米投資に関する共同文書を発表する方針を固め、さらにアラスカ州など米国産原油の輸入拡大も文書内に明記すると報じられています。
そんな状況の中、我が国が真摯に向き合うべきは、トランプ大統領の意識の変質を見極めることではないかと思います。トランプ大統領は、第一期政権時に「アメリカファースト」を唱え、軍産同盟による「世界の警察」たる立場から、アメリカの利益を第一に考えるとして、他国
に対する軍事介入や軍事支援を行わないとして、アフガンからの撤退をはじめ、不可逆的な軍産複合体の解体に取り組んできました。
私自身は、こうした政治的方向性の転換はある意味世界の中で紛争を封じ込める大きな流れになることも考えられるとして、肯定的に見てきました。さらに、第二次政権がスタートしたときには、ロシア・ウクライナ紛争も24時間で停戦させると豪語し、更なる軍産複合体の解体を推進することによって、国際社会は一見分断されるかのように見えても、紛争を終結させる大きな転換期を迎えるのではないかとみていました。
しかし、二次政権発足直後に訴えた関税強化によって米国経済が悪化し出すと、岩盤支持層である「MAGA」派が不支持に転じだし、中間選挙が危うくなってきたことによって、大きくブレだしたように伺えます。ロシアとの交渉も岩礁に乗り上げ、中国とも関税交渉で敗れ、更には昨年夏からのイランに対する12日間戦争は、まさに、逆走と言っても良いほどの国際社会での信頼失墜につながっています。アメリカファーストから、トランプファーストに転じだした今、我が国はこのようなトランプ政権に対し、同盟国としてどのように向き合うのかを、与野党一致して国内的にまとめていくことが、最大の仕事ではないかと思います。
~スタッフ日記「おやじバンド」~
中学生の頃、小学校時代から仲が良かった友人たちと当時人気があったバンドの音楽ライブを初めて観に行き、その迫力と音楽の素晴らしさに感動した事を覚えています。その帰りの電車の中で「僕たちもバンドを結成してライブをやりたいな」って話が盛り上がりでした。
翌日にバンド名や楽器の担当を決める話になり、私はギターボーカルを希望していたのですが皆の話し合いの結果、あみだくじで決めようとなりました。結果、担当することになったのは、なんとドラムでした。
「ドラムなんて無理!」
父親がギターを弾くので時々弾き方を教えてもらっていた私はギター演奏なら少しはできたのですが、ドラムは叩いたことがなく更に両手はもちろん両足も違った動きをしなければならない楽器は難しくて最悪!
しかし皆で決めたことだか
ら頑張ってみようと早速ドラムスティックを買って自宅で雑誌を何冊も並べて見よう見まねで好きな音楽を聴きながら雑誌を叩いていました(笑)
とにもかくにも私たちはまずは皆で集まって練習をしようと言うことになりスタジオを借りました。
スタジオにあるドラムセットに初めて腰を下ろし最初に叩いたスネアドラムの音色に感動したことは今でも忘れられません。
中学卒業後はメンバーそれぞれ高校が違ったことから中学バンドは解散し私は別のバンドでギターボーカルをしていました。
35歳の同窓会でバンドのメンバーと再会したとき誰からともなく「昔にようにバンド組んで楽しみたいなぁ」って話になり、
(ブースカ)
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