2026/4/4
【東大にバトン創設50年】
私が東大応援部にバトントワラーズを創設して50年目に当たることから、3月末、本郷の東大関連施設で記念パーティーが開かれ、当時の六大学のバトンの先輩、仲間やリーダー、ブラスバンドも含めOB・現役が200人近く集まりました。
あいさつで、次のように述べました。
「入学と同時に神宮球場に応援部を訪ね、『バトン部を作りたい』と申し出ました。と言っても、1人では始められないので、同期の女子170人(学年全体の約4%)全員に勧誘の葉書を出しました。大学の事務局が、下宿先も含めた名簿を貸してくれるなど、個人情報保護重視の今ではありえないことですが。
今日来てくれた鈴木香代子さんが入ってくれ(3年生で退部)2人でスタートすることができました。バトンはお茶の水の下倉楽器で買い、なぜか白いブーツが定番でした。
明治、法政、慶應の先輩に指導していただき、春の神宮球場シーズンの後、日比谷公会堂で開かれた東京六大学応援団のイベント『六旗の下に』でデビューしました。ポンポンでキャンディーズの『春一番』を踊りました。
明治の和泉校舎や法政の屋上で練習を重ねましたが、無器用な私は、手や足の出し方が皆とうまく合わず、苦労したものです。
他大学の先輩方には、駒場や東大の夏合宿にまで来て応援曲の振り付けもしていただきました。
平成になってしばらくしたころ、後輩から電話があり、『もうバトンは使っていないので、名称をバトントワラーズからチアリ―ダーズに変更してもいいですか』と言うので、『もちろん。現役部員が、いいように変えて結構ですよ』と答えました。
私のころは4学年合わせて最大の瞬間でも6人だったのが、今では一学年10人以上となり、しかも他大学に劣らない、みごとなダンスやスタンツで感動の限りです」
その後、当時のメンバーを中心に、第一応援歌「闘魂は」(同期の大内リーダー長がテク)と、チャンスの時に鉄腕アトムの曲で演じる「ビクトリーマーチ」(同期の池田主将がテク)を踊り、大きな拍手をもらい、フラッシュを浴びました。
また、50年の歩みを写真でたどったコーナーでは、神宮球場の学生応援席で踊る私の姿も登場しました。
指導を受けた法政、慶應の先輩や立教の同期との座談会では、当時、六大学バトン部員が出演したアルバイトとして、「成人の日」のNHK番組「青年の主張」での踊り、池袋のサンシャインシティ完成時のパレードと踊り、プロ野球でヤクルトが優勝した年の応援(グラウンドに降り、チームと同じ柄のミニワンピースで)なども懐かしい思い出として語られました。





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